Ⅲ. 山間部と都市部の連携
1. シンポジウム:「森と街」の直接連携による森林・林業再生プロジェクト
国内の森林資源を都心部のインフラに積極的に活用することで、木材が森から街に至る間に関係する産業と山間部地域を活性化し、また都心環境の改善を図ることが可能となる。これを達成するためには、山間部地域と都心部の、産業および人の連携を構築することが重要である。
本PJで把握している、林業・林産業・建築業・一般市民の各層の意識調査では、回答者の95%近くが「森と街の連携の必要性を感じ、機会があれば連携したい」としつつも、その約半数は「連携の機会がない」と回答している。
そこで、都市木PRJでは関連団体の協力を得て、
1)日本各地で取り組まれている川上~川下連携の取組みを学ぶ、
2)取組みの中で課題となった問題や障害、その対策案を整理する、
3)それぞれの取組みから、全国的に共有性が高い部分と、地域的な独自性が高い部分を整理する、
4)都市部での木材利用を森林の再生に繋げる方策を考える、
といったねらいを中心に森と街が連携した実践例を集め、林業・林産業・建築業の活性化を関係者が共に考える場を持つためのシンポジウムを開催した(平成23年11月3日、ポートメッセなごや)。
全国から多くの講師の方にご協力をいただき、午前から夕方まで丸一日がかりの企画になった。
7名の方々による講演は、いずれもそれぞれの方の豊富な経験に基づいた非常に興味深い内容であり、講師の熱い説明に会場もまた熱心に聴き入った。
講演に続き、
1)なぜ、我が国の林業は衰退したのか、
2)都市の木質化を推進するための課題、
3)都市の木質化を森林再生に繋げるための課題、
4)森と街の連携、川上~川下連携の必要性、
という問題提起を軸に、忌憚のない意見交換と白熱した議論が繰り広げられた。
その際のキーワードを幾つか紹介しておきたい。
・森林資源は生産地に根差した資源であり、木材産業は土地と密着した産業である。
・したがって、生産地の経済を守ることが重要。
・そのためには今までの常識に囚われず、農業や様々な産業・業界と関わると取り組みが必要。
会場参加者からのアンケートによれば、シンポジウム参加者98名の70%近い方々から回答をいただき、
「国内林業は衰弱しているか」について、94%の回答者が同意し、その理由には業種を問わず
「林業の担い手が育たない環境にある」(61.2%)、
「消費者の国産材に対する認識不足」(46.3%)、
「森林の所有形態に問題あり」(32.8%)が挙げられた(複数回答)。
ただし、林産業関係者に限ると、消費者の問題よりも「山側が木材の流通を他者にまかせすぎた」の声が強かった。
「都市での木材利用を森林の再生につなげるために必要な木材流通」については、
「木材に関するさまざまな業種の連携が必要」(71.6%)、
「流通の簡素化、合理化が必要」(44.8%)、
「木材生産地で製材・乾燥・プレカットまで行う必要がある」(22.4%)となり(複数回答)、
まずは連携が必要と考えられているようである。
また、都心部他業種の参加者からは「フェアトレードの意識を教えていただいた」との意見が聞かれ、実務的な技術論だけではなく消費者教育により問題の改善が期待できるのではないかと思われた。
また、木材価格について適正価格を尋ねたところ、
「林業が成立するために必要なスギ丸太の適正価格」は平均25,000円(3,500円~50,000円)、
「消費者に支払ってもらいたいスギ製材の適正価格」は平均51,800円(7,000円~150,000円)、
「木造一戸建て住宅購入時の木材経費の割合」は平均23%(8%~70%)であった。
素材には現行の2倍近い価格が望まれる一方で、消費者負担に対しては控えめな様子が窺われた。
講師の方々は、会場とのやり取りの中で、多くの関係者が同様に経験している障害に対して、夢の解決策や魔法の一手がある訳ではなく、地道な一歩とその積み重ねが重要なのだと繰り返し説いた。日本各地の取り組みは、地域に応じて多様な形を採りつつも、いずれも流行廃りとは無縁な強い信念の下、比類なき粘り強さとたゆまぬ努力によって確かに道を拓いていることが強く感じられた。
2. ワークショップ:都市の木質化・「どこまでできるか?」チャレンジ
-長者町リノベーション・ウォーク-
名古屋・栄の「錦二丁目まちづくりマスタープラン作成企画会議」の協力を得て実現したワークショップでは、森林・木材関係者、町の住民、事業者、行政、研究者など普段は同席することのない63名が一同に集まり、名古屋栄・長者町のさまざまな顔を探訪しながら、分野を超えたつながりとアイデアのもと、木材を利活用した長者町のリノベーションプランを提案した。
ワークショップのまとめでは、「木のいのちはまちのいのち」という標語で締め括られた。
都市の木質化としての道路やビルの屋上・壁面の木化がまち中に柔らかい空間をもたらし、山元も生態的・経済的に元気になっていくことが期待される。このようなことから、同企画会議では、安心居住の仕掛けの一つとして『都市の木質化プロジェクト』をまちづくり構想に取り入れ、これは数十ページに及ぶ冊子体にまとめられ、地域住民をはじめ関心を持つ人たちに配布されている。
この構想実現への手始めとして、長者町における今日となっては不必要に広すぎる車道の一車線分にウッドデッキを敷き詰め、山側・林産・建築・地域・行政などが知恵を出し合い、街のリノベーションを目指すことになった。その際、「長者町の木質化がもたらす森林の再生と温暖化の抑制」をテーマに川上~川下が一体となって材料のカスケード利用・付加価値化を視野に入れて取組んでいる。
3. 名古屋・錦二丁目長者町の木質化
-まちづくり構想からストリートウッドデッキへ-
長者町通の様子
「長者町」の名で知られる繊維問屋街を中心とする名古屋市中区錦二丁目は、名古屋の2大商業業務拠点(名古屋駅地区と栄地区)に挟まれた地区です。
近年、産業構造の変化等により、繊維問屋の機能が低下する一方、魅力的な店舗、新しい集合住宅、多様なスモール・ビジネス、アーティストが徐々に進出しています。地区の状況が大きく変わる中、2004年3月には繊維問屋街の地権者・事業者らが錦二丁目まちづくり連絡協議会を設立し、NPO法人まちの縁側育くみ隊や様々な専門家の支援の下、錦二丁目の桜通、伏見通、錦通、本町通に囲まれた16街区のまちづくりを進めています。
2011年4月には、「これからの錦二丁目長者町まちづくり構想(マスタープラン)(2011-2030)」(以下、まちづくり構想)が策定され、まちづくり構想の実現化に向けたいくつかのプロジェクトが展開されています。その1つが、名古屋大学のメンバーも参加する「長者町・都市の木質化プロジェクト」です。
まちの地権者や事業者が中心となり、NPO・大学等の専門家集団も加わり、さらに行政職員もオブザーバーとして参加する形で開催されている長者町・都市の木質化プロジェクト会議では、長者町内で木材を使用する方策について検討を進めています。その中で、錦二丁目長者町の道路の縦列駐車スペースの一部にウッド・デッキを設置し、新しい公共空間を創出する「ストリート・ウッド・デッキ」の検討が始まりました。「ストリート・ウッド・デッキ」(以下、「SWD」)とは、道路の縦列駐車スペースの一部に設置するウッド・デッキのことです。デッキを設置することにより、歩道を実質的に拡幅したり、人々が一休みする「街のリビング・ルーム」を提供したり、新たな商業活動の場を提供したり、自転車の駐輪スペースを提供したりすることができます。
SWD提案の背景は、次の通りです。
- 地区の総面積の約40%を占める公共空間(主に道路空間)が、時代の変化により、現在では有効に利用されているとは言えない状況となった。
- 錦二丁目長者町内に公園や緑地は全くなく、公共空間を利用する街の活性化は、道路を通行止めにして行うイベントに限定されていた。
- 通過交通を除く地区内の自動車交通量は多くなく、自動車交通量に対して道路の車道の幅員が広すぎる。そのため、一方通行を逆行したり速度を超過したりする自動車が増え、交通事故の危険性も高まっている。これに対して、錦二丁目まちづくり連絡協議会は名古屋市とともに歩道拡幅の検討を始めている。
- 「ゑびす祭」等の取り組みから、休日の潜在的な集客が十分にある地区であることは証明されている。特に、「野菜市」の人気は高い。平日も、地区内・周辺のオフィス・ワーカーの人口が多く、集客の条件は整っている。
- まちづくり構想には、「通りひろば」「筋ひろば」「グリーン・クロス」「グリーン・ストリート」など、道路という公共空間を有効に活用する方向性が示されている。また、「安心居住」を支える生活サポート機能が求められている。
- 伊勢湾流域圏の森林の課題から、街で木材を積極的に利用することが求められている。SWDを流域圏産の木材でつくることは、森林の保全にもつながる。
- SWDは、繊維問屋業の衰退と空きビルの発生・解体、時間貸し駐車場の増加という街の変化に対して、新しい「色づけ」となる。
長者町・都市の木質化プロジェクト会議は、上記の提案の実現に向け、実際にSWDを制作し、長者町の各種イベントの際にそれらを実験的に設置し、本格設置に向けた課題整理と対策検討を行うこととしました。2012年6月以降、長者町・都市の木質化プロジェクト及び名古屋大学・都市の木質化プロジェクトのメンバーが協働で、8月4・5日の「真夏の長者町大縁会」に向け、SWDの制作と実験的設置に向けた活動を展開しました。名古屋大学側では、テーブル・椅子タイプと駐輪場タイプの2種類のデッキを制作することを提案し、SWDの実施設計と同時に、木材の入手と運搬の手配を進めました。また、都市の木質化プロジェクトの他の取り組みの紹介やSWDに関するアンケートの実施について検討が行われました。SWDの制作と実験的設置に関わる経費は、名古屋大学のリサーチ・アドミニストレーション室が負担するとともに、制作にあたっては、多くの学生と教員、実務家の協力(時間と労力)を得ました。
一方、錦二丁目長者町側では、「真夏の長者町大縁会」の企画との調整、デッキを制作する場所の確保、警察及び市役所への説明等の準備が進みました。6月後半に、今回の「真夏の長者町大縁会」では、その企画の内容から、長者町通を通行止めにしないことが判明したため、通行止めにしない状態でデッキを長者町通に設置することについて、名古屋市役所緑政土木局及び愛知県警察中警察署に相談しました。その結果、現行の法律の下では、そもそもSWDの解釈が難しく、設置の許可ができないとの回答を得ました(ただし、当面、社会実験として設置する可能性は見えました)。SWDを制作する場所については、長者町通沿いの吉田商事株式会社の1階スペースを使用させて頂く幸運に恵まれました。以上より、SWDの道路への設置は諦め、吉田商事株式会社の1階スペース及び「真夏の長者町大縁会」の会場である時間貸駐車場に設置することとしました。SWDの制作及び実験的設置の様子は、写真の通りで、多くの方々から大好評を得ました。
SWDの仮置き
SWD制作メンバー
真夏の長者町大縁会で活躍するSWD
「真夏の長者町大縁会」終了後、テーブル・椅子タイプのSWDは名古屋大学東山キャンパス内に設置し、駐輪場タイプのデッキは錦二丁目長者町内に保管していましたが、11月10日・11日の「ゑびす祭」の際、再び、長者町内に設置しました。通行止めになった袋町通りに、テーブル・椅子タイプのSWDと新たに制作したもう1基のSWDを実験的に設置しました。さらに、「ゑびす祭」終了後は、竹中工務店のご厚意により、錦二丁目長者町内の名古屋センタービルの敷地内に、5/8の大きさに改造した3基のSWDを一定期間設置させて頂くことになりました。SWDの実験的設置は続きます。
ゑびす祭で活躍するSWD(その1)
ゑびす祭で活躍するSWD(その2)
名古屋センタービルに設置されたSWD(その1)
名古屋センタービルに設置されたSWD(その2)
錦二丁目長者町内の名古屋センタービルの敷地内に設置されたSWDは、日本木材青壮年団体連合会主催(農水省・国交省・建築学会等後援)の第16回木材活用コンクールにおいて、そのコンセプトが評価され、第4部門賞(ランドスケープ・インスタレーション)を受賞しました。こちらをご覧ください。
なお、都市の木質化プロジェクトの取り組みとSWDのコンセプトを多くの方々に知っていただくためのパンフレットをご用意しています。こちらをご覧ください。