社会と木材との関わりとその価値観を変えるために
わが国にはスギやヒノキを中心とした豊かな人工林が広がっていますが、材価の低迷や担い手の減少といった社会変化によって森林は十分な手入れがされないまま荒廃が進行し、これに伴う生態系の崩壊が深刻化しています。この問題を本質的に解決するためには、まずは地域の森林資源の現状を把握し、将来にわたる木材供給能力を見積・評価すること、また、量だけでなく材料としての木材強度など材質分布にも着目し、都市における地域材の需要創出に関する持続可能なシナリオを作成することが必要と考えられます。試算によれば、流域圏の森林資源は現需要量の70%を占める輸入木材に頼らないで済むほどの十分な蓄積量を有していると見込まれています。
人間社会は有史以来、その経済活動がもつリズム・テンポの都合に合わせて資源を利用してきたわけですが、これからは地域資源が持つ環境リズムに人間社会の経済活動を合わせていくことが求められています。そのためには今後しばらくの間、都市における木材の投入を考える必要があるでしょう。言い換えれば、森林の多面的機能を享受している都市は積極的に木質化を推進する責務があると言えるでしょう。
このようなことから都市の木質化プロジェクトは、名古屋大学の森林・木材・エネルギー・建築・都市計画などの異なる分野の研究者が学外の実務者や地域のコミュニティーと協働し、森林と都市のつながりの希薄さが抱える問題の本質的解決をめざし、木材の使い方の普及と人づくり、そして都市への実装を進める取り組みです。
都市の木質化を支える取り組みの3つの柱
- 木を創る森づくり=地域の資源である木材の活用を進め、森づくりに貢献するために、ユーザーと一体となった木材の利用や共同施工により、木材の新たな使い方に挑戦しています。
- 木を担う人づくり=森と街の交流を促すツアーや木を科学する勉強会など、多世代のユーザーが森と街の相互のニーズを共有するため、多様な交流や研修などに取り組んでいます。
- 木を使う街づくり=名古屋市の都心である錦二丁目地区において、まちづくりと一体となって、都市における多様な木材利用を展開する都市の木質化を進めています。
都市の木質化プロジェクトのコンセプト
Ⅰ.森づくりのコンセプト:使い方は”マッシブ”
- 気楽に木を日常に=木材は本来、多用途で使えるものですが、現在の生活環境の中ではあまり直接触る機会はありません。 マッシブ(大きくて重量感がある塊)な木材のもつ「かたち」「手触り」をそのまま空間利用することで、山とのつながりの実感につなげています。
- ありのままに木を=純粋な工業材料ではない木材の有機的な価値をなるべく活かし、使う場所に応じてなるべく塗装・防腐・人工乾燥などの加工をせず、ありのままに木材を利用します。 加工度の少ない木材を利用することで、歩道からベンチへ、ベンチから内装へ、都市の中での木材の再利用の循環を形成します。
- 自分たちで製作を=新しい使い方の開発や実装活動のほとんどは、それを利用するユーザーやまちの人たちとの協働施工により展開しています。自らの手で製作することにより、木材の加工容易性や多様な特質を身体的に理解するとともに、木でものをつくる楽しさを知ってもらいます。
- 本当の地産地消を=都市部で使用する木材のほとんどは、地域の森林(豊田市)より、トラックで直送し、お互いに顔が見える産地直送を実現しています。特別な製材・加工をしないことで、大手メーカーや建設業者を挟まず、ユーザーと供給者の直接交流を実現しています。
Ⅱ.人づくりのコンセプト:多世代・実践・現場
- 加工を通じた学び=加工や製作への参画を通じて、木材の持つ機能やそれを活かした扱い方を、実践を通じて学びます。 木材を通じてまちづくりに関わることでまちのことを学び、まちづくりを通じて、木材が持つ様々な魅力に気づくきっかけとなっています。
- とにかく現場で=森へ、街へと現場に足を運び、生の声を聴き、現実に起きている問題や動きを肌で感じてもらいながら、木の使い方を考えています。 現場本位のPDCAサイクルを通じて、企画から実施、改善までのトータルな学習機会を提供しています。
- 森と街の交わり=生産者と消費者が互いに顔を合わせ、双方が持つ課題やニーズを直接実感しています。 定期的な例会で森林組合やまちの住民が直接コミュニケーションを図るほか、森と街との交流会などの企画を積極的に実施しています。
- 多世代を巻き込む=様々なまちの展開では、子供たち向けのワークショップやアーティストとの連携企画など、多様で多世代を巻き込む展開をしています。 取り組みを通じて、子供と年長世代がふれあい、木材との関わりを通じたコミュニティの育成を行っています。
Ⅲ.街づくりのコンセプト:錦二丁目トシモク双六
- フィールドの1つである名古屋市中区錦二丁目では、「都市の木質化」をまちづくりマスタープランに位置付け、都市への木材利用の実践を行っています。
- まちづくり活動の一環として、まちのなかに地域産材を活用したデッキ、ベンチ、テラスなどを製作するワークショップを開催しています。
- まちの中での地域産材の活用について、市民が実際に見て触れて体験することによって木材ファンが増えています。
- 時間とともに取り組みの幅が拡大し、ファンが増え、新たな木材の文脈や価値を創出し続けています。