研究の背景
繁殖機能は脳によりコントロールされている。
動物はさまざまな条件下で繁殖活動を行い、種を維持しています。気候の一定した熱帯で発生した生物は、より緯度の高い温帯あるいは寒帯へとその生息範囲を広げていくため、さまざまな生殖戦略を身につけました。その結果、厳しい環境条件下でも種を維持できるようになったのでしょう。自然条件下における動物は、たとえば光周期や餌の有無などの外的環境因子をシグナルとしてとらえ、生殖機能をコントロールしています。このようなメカニズムはすべて脳の中にあります。卵巣や精巣の働きを直接コントロールするホルモンの生産や分泌も脳の制御の元にあります。家畜といえども脳の働きを理解しなければその繁殖をコントロールすることはできません。
たとえば栄養と繁殖機能
繁殖機能を制御するもっとも強い因子は栄養です。野生動物では、えさが食べられるかどうかが繁殖のタイミングを決める重要な要素です。えさがない状態、すなわち絶食条件下では繁殖機能は速やかに抑制され、その栄養を個体の維持に回そうとします。種の維持よりも個体の維持を優先するのです(Bronson著, Mammalian Reproductive Biology 1989)。光周期もまた繁殖機能をコントロールする重要な因子で、これらの環境要因が協同して繁殖のタイミングを決めているのです。たとえば、ヒツジは短日繁殖動物と呼ばれ、秋から冬にかけて繁殖行動を起こすが、光周期と栄養が繁殖季節を決めています。われわれの研究結果は繁殖季節がどのように決定されているかを明らかにする上でも役に立っています。
環境因子と動物生産
実に巧妙なこれらのメカニズムも動物を生産していく上では大きな障害となってしまいます。たとえば、泌乳期のウシでは、ミルクの生産に莫大なエネルギーが消費され、その結果低栄養状態あるいは飢餓状態となってしまいます。その結果、母体は自分自身と乳子とを守るため、生殖機能は抑え、妊娠しないようにしてしまいます。牛乳を生産しているウシが妊娠できないことは、産業上大きな損失となります。なぜなら、ウシの妊娠期間は280日程度なので、泌乳期のうちに交配・妊娠しなければ泌乳の終わってから次の分娩までの間(空胎期間)が長期間あいてしまうのです。分娩が終わってから受精するまでの期間をいかに短縮するかが酪農家にとって最大の課題となります。
モデル動物ということの意味
ウシやブタなど大きな動物のからだのメカニズムを知りたいときにウシやブタを使わなければいけないのでしょうか?たとえば医学や薬学分野の研究者は人体実験はできないので、他の動物を使って研究します。動物と人間の体の違いをよく知っていれば、動物実験から人間のことがわかるのです。ウシやブタの研究に関しても同様です。ラットやマウスのような小さな実験動物を用いることで動物のからだの基本的な生理メカニズムを明らかにする、そのことではじめてウシやブタの体を理解することができるのです。牛乳を生産しているウシが妊娠できないことは、産業上大きな損失となります。なぜなら、ウシの妊娠期間は280日程度なので、泌乳期のうちに交配・妊娠しなければ泌乳の終わってから次の分娩までの間(空胎期間)が長期間あいてしまうのです。分娩が終わってから受精するまでの期間をいかに短縮するかが酪農家にとって最大の課題となります。
ウシとラットはどこが同じでどこが違う?
ではどのようにしてラットにおける研究結果がウシに適用されていくのでしょうか?たとえば排卵のメカニズムを例にとって見ましょう。雌の動物は、周期的に排卵します。この周期のことを発情周期あるいは月経周期(霊長類の場合)といいます。このラットの発情周期は4日あるいは5日、ウシの発情周期は20日です。ヒトの場合は月経があるので、28〜30日に延長します。このように周期の長さには大きな違いがあるものの、細かく見ていくと実はたくさんの共通メカニズムがあることに気づきます。たとえば、排卵を誘起するホルモンは、どの動物種でも「黄体形成ホルモン」と呼ばれるタンパク質で、このホルモンが下垂体から大量に分泌されることで排卵が開始します。このような動物種に共通でしかも大変重要な生理メカニズムを明らかにする場合、ラットはたいへん有効な動物です。何せ4日に1回排卵が起こるのですから、単純に考えてもウシで実験するのに比較してその期間は1/5になります。しかし、ホルモンの構造や受容体の構造、その効果には多少の違いがあります。そこでその違いをよく理解しながら、その基本メカニズムをウシで確かめていきます。