研究内容

糖鎖は、重要な生体分子です。中でもシアル酸は後口動物に特徴的な重要な単糖です。シアル酸は糖タンパク質や糖脂質の末端に存在しており、受精、発生、免疫系、神経系で大きな役割を果たしていることが知られています。シアル酸は、シアル酸同士が結合したシアル酸ポリマーを形成することがあります (図1)。

このシアル酸ポリマーは、短いものはオリゴシアル酸 (oligoSia, OSA)、長いものはポリシアル酸(polySia, PSA)と呼ばれています。特にポリシアル酸は時・空間特異的な発現をしていることから、癌胎児性抗原と呼ばれ、古くから注目されてきた機能性糖鎖です。たとえば、胎児期の脳に一過的に発現し、出生後すみやかにほとんどすべての領域で消失することが知られています。またある種のがん細胞でポリシアル酸が発現し、その発現量と癌の悪性度や転移性に関連性があることがわかっています。近年では、このようなポリシアル酸が存在しないと考えられていた大人の脳においても特に神経の新生がさかんに行われている部位、海馬や嗅球、情動や時計に関わるある特別な領域では発現が維持されていることがわかってきました。またポリシアル酸の生合成を担う酵素が欠損したマウスを用いて、ポリシアル酸が学習、記憶、情動、体内時計の維持、社会性行動に関わることがわかってきました。これまでにポリシアル酸は巨大な排除体積をつくるため、細胞同士を遠ざける役目、つまり反接着作用を及ぼすと考えられてきており(図2, 右)、ポリシアル酸の機能は分子同士を離しておく役目、すなわち反発性の場をつくることと考えられてきました。しかし、われわれの研究室では最近ポリシアル酸が新たな機能をもつことを発見しました。つまり、記憶、学習、社会性行動に深くかかわる分子群を保持し(図2, 左)、それを提示し、時に応じて放出する機能があることを明らかにしました。

さらに、このような機能が、統合失調症、双極性障害をはじめとする精神疾患にも関わる可能性を提唱しています。現在は、どのようなメカニズムでこのような機構が働いているのか、また正常な状態や病気の状態におけるポリシアル酸構造がどのような生合成経路を経て形成されているのかを詳細に解析しています。現在は精緻なポリシアル酸構造が時空間特異的に脳内で発現制御されていることが、正常脳機能に重要であり、その構造破綻が疾患に結びつくという仮説(図3)の元に研究を推進しています。

特に正常なポリシアル酸構造の破綻をもたらす遺伝的要因(ポリシアル酸転移酵素、ST8SIA2)や環境要因(ストレス)の解析とともに、ポリシアル酸を正常に戻す効果のある環境要因(抗精神疾患薬、豊かな環境、食品)や遺伝的要因も解析しています。これらの研究は健康で豊かな生活に結びつくことに繋がっていくことと思います。
あわせて立体構造を作らない程度のオリゴシアル酸研究も行っています。オリゴシアル酸はハンチントン病との関連性が明らかになりつつあります。しかしポリシアル酸ほど長くないオリゴシアル酸については機能もあまり理解されていない未知の領域です。”ポリシアル酸の分子保持や放出”という新機能の側面からのポリシアル酸研究やより短いオリゴシアル酸の構造や機能の研究はわれわれの研究室でしか行われておりません。このような糖鎖に興味を持たれた方は是非一緒に討論し、研究しましょう。

(1) ポリシアル酸鎖の構造と機能を評価する系の確立と利用

ポリシアル酸鎖の精緻な構造と機能の相関を評価することは、今後の研究展開における重要な課題です。従来より開発してきた表面プラズモン共鳴(SPR)法、多糖と低分子の相互作用解析にむけて改良・応用したフロンタルアフィニティクロマトグラフィー法に加えて、等温滴定型熱量測定法、原子力間顕微鏡、独自に開発した抗体等を用いた免疫測定法を併せて、ポリシアル酸鎖の構造と結合分子の評価系の確立と利用の研究を行っています。特に、ポリシアル酸認識分子は我々が世界に先駆けて明らかにした分子群であり、多角的に解析しています。

(2) 疾患関連糖鎖ポリシアル酸鎖の発現制御機構の解析

遺伝的要因(G)と環境要因(E)が及ぼす影響を探る

ポリシアル酸鎖の発現は生合成酵素であるST8SIA2とST8SIA4遺伝子が深く関わりますが、ポリシアル酸鎖の量や質を精密に制御する機構の全体像は未解明です。私たちは精神疾患におけるST8SIA2遺伝子の疾患関連SNPsがポリシアル酸鎖の量と質を制御することを明らかしてきました。また、ST8SIA2とST8SIA4遺伝子は異なるpolySia鎖を生合成していることも明らかにしています。一方、急性ストレスなどによってミクログリア由来のシアリダーゼが放出され、脳内ポリシアル酸が数分で消失・減少する現象も報告してきました。すなわち、遺伝的要因(Genetic factor, G)や環境要因(Environmental factor, E)がポリシアル酸鎖の質と量を精緻に制御していることを世界で初めて明らかにしています。現在は、精神疾患などの発症や治療に関わる因子群など、正・負の環境要因 (ストレス、精神疾患薬、食品、嗜好品、環境など) に着目して、それらがポリシアル酸鎖発現を制御する分子機構を個体および細胞レベルで解明しています。

(3) 後口動物の脳の進化とポリシアル酸鎖の関連性の解析

ポリシアル酸鎖は後口動物に存在し、先口動物では検出限界以下です。後口動物の中でも脊椎動物脳にポリシアル酸は検出されます。私たちはこれまでにポリシアル酸鎖は様々な神経作用因子を引きつける性質をもつことを明らかにしてきており、その性質が機能分子の局所濃度の制御を可能にし、脊椎動物の巨大脳機能の効率化に寄与しているのではないかという仮説を立てています。その仮説を証明する一環として、ST8SIA2遺伝子、ST8SIA4遺伝子、NCAM遺伝子に着目し、これらの遺伝子群が生合成する産物であるポリシアリル化NCAM上のポリシアル酸構造および機能を各動物で調べています。

(4) 糖タンパク質と糖脂質の共通エピトープの存在意義の解明

ジ・オリゴシアル酸は通常は膜の構成成分として糖脂質上に存在します。近年膜構造としてラフトが注目されていますが、そのラフト成分には糖脂質が豊富に存在し、糖脂質はその領域への受容体のリクルートに関わっています。一方、ジシアル酸をもつ糖タンパク質の存在やその合成酵素が近年明らかになってきましたが、機能はあまり解析されていません。我々は糖タンパク質上に存在する糖脂質との共通エピトープの構造と機能を明らかにするために、オリゴシアル酸転移酵素、ST8SIA3およびST8SIA6の解析を行っています。

(5) 糖鎖の医・農・工学的利用

オリゴ・ポリシアル酸、オリゴ・ポリシアル酸認識分子を改良し、高機能化することで、精神疾患、癌、アルツハイマー病などの疾患の診断や治療への創薬を目指した応用研究を行っています。また食品、嗜好品、環境との関わりも研究しています。これらの医・農・工学的なアプローチにより健やかで豊かな生活を提供できることを目指しています。

名古屋大学大学院 生命農学研究科 応用生命科学専攻

糖鎖生命科学研究室

〒464-8601 名古屋市千種区不老町

名古屋大学生物機能開発利用研究センター505号室

Lab. Glyco-Life Science

Department of Applied Biosciences, Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University

505, Biosience and Biotechnology Center

Chikusa, Nagoya 464-8601, JAPAN

Copyright © Laboratory of Glyco-Life Science
トップへ戻るボタン