高等脊椎動物における量的形質の遺伝的基盤の解明に関する研究


私たちの周囲を見渡しますと、実に様々な遺伝形質があります。例えば、農業上重要な経済形質(穀物生産量や家畜成長形質など)やヒト多因子性疾患(肥満、高血圧、糖尿病など)を挙げることができます。これらの形質の大部分は連続的な表現型の変異(バラツキ)を示し、量的形質(quantitative trait)と呼ばれています。量的形質は、比較的遺伝子効果の小さい複数の遺伝子座、すなわち量的形質遺伝子座群(QTLs: quantitative trait loci)によって支配され、環境の影響を受けます。したがって、皆さんが中学校や高等学校の生物で学んできた質的形質(qualitative trait)(メンデル形質(Mendelian traits)とも呼ぶ)とは異なります。質的形質を支配する遺伝子座は1つまたは少数で、環境の影響をほとんど受けません。

量的形質の表現型分布は一般的に連続的であるために、その遺伝解析は容易ではありませんでした。しかし、20世紀後半から、様々な動植物においてDNAマーカーに基づく高精度の遺伝的連鎖地図が構築されるとともに統計遺伝学が発達し、量的形質に関与する個々のQTLのおおよその染色体上の位置や個々の遺伝子効果などを明らかにできるようになりました(これをQTL解析と呼ぶ)。実験動物の代表的存在であるマウスとラットでは、2005年の時点で、様々な量的形質に関与するQTLsが2,000個以上染色体上に位置づけられましたが、責任遺伝子の同定までに至ったものは、20個程度に過ぎません。現在では、同定された責任遺伝子の数はもう少し多くなっているものと予想されますが、量的形質の変異の分子メカニズムは未だに不明確であり、その全貌の解明が今世紀の生物学における最重要課題の一つとなっております。

当研究室では、マウスの体重や成長関連形質を量的形質のモデルとして用いて、量的形質変異の複雑な遺伝的基盤(以下の図参照)を分子レベルから明らかにするために、QTL遺伝子の同定を目指して日夜研究に励んでいます。また、共同研究として、マウスのその他の量的形質や鶏の経済形質のQTL解析などを進めています。(詳しい研究内容の紹介はこちら)マウスで得られた研究成果は、家畜やヒトへ外挿し、畜産学、医学や薬学などの発展に貢献できます。マウスの他に、ニワトリの経済形質のQTL解析を共同研究として進めています。

今までに以下の量的形質に関わるQTLを染色体上に位置づけました(共同研究を含む)。

(1)マウス

体重・成長、体長、臓器重量、肥満(白色脂肪組織重量など)、不妊(精巣重量・一腹産仔数など)、糖尿病(血糖値など)、腎糸球体硬化症、概日リズム、精神疾患、など。

(2)ニワトリ

体重・成長、脚長、臓器重量、卵関連形質(卵重、卵殻強度、卵黄サイズ、卵白サイズなど)、肉関連形質(色彩、phなど)、初産日齢、など。


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一緒にQTLを染色体上に位置づけ、その責任遺伝子を同定しましょう。たとえ、責任遺伝子が同定できなくても、QTL 解析によりQTLの染色体上の位置を明らかにすることができれば、マーカー依存選抜法(marker-assisted selection)により、ユニークなマウス系統や家畜品種を新たに育種できます。


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“QTL解析の基礎理論と方法”についてもっと知りたい人は、NAGOYA RepositoryのこちらのサイトからPDFファイルをダウンロードしてお読みください。


↑図.量的形質の遺伝的基盤の概念(By石川).
mQTL: QTL遺伝子自身が単独で表現型に作用する、すなわち主効果を持つもの.
nmQTL: 主効果を持たないもの.