脊椎動物における性染色体の起源とその進化過程、性決定機構の多様性に関する研究

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1.羊膜類がもつ性染色体の起源
2.鳥類の性染色体の分化過程
3.両生類の性染色体の進化 文責者:宇野好宣
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1.羊膜類がもつ性染色体の起源

かつて大野 乾博士は、ヘビ類と鳥類が約2億5千万年以上前に共通の祖先から分岐したことや、両者がもつZW染色体はゲノム中に占める割合がほぼ等しいことから、ヘビ類と鳥類のZW染色体の起源は同じであると推定しました。私たちは、シマヘビやハブを用いて性染色体に連鎖する遺伝子を比較したところ、ヘビ類と鳥類の性染色体は、共通祖先がもっていた異なる常染色体に由来することが判明しました(図1) (松原和純博士との共同研究)。さらに、カメやトカゲでも同様に性連鎖遺伝子の染色体マッピングを行い、羊膜類の性染色体の起源が多様であることを明らかにしました(図2)。つまり、哺乳類、鳥類、爬虫類は、共通の祖先がもっていた異なる常染色体を性染色体に分化させ、それぞれ独自の性決定機構をもつようになったと考えらます。しかし、ワニ類では、性染色体の分化はみられず、全ての種が温度によって性が決定されています。現在は、GSDのカメ目と有鱗目の種を対象に、同一目内での性染色体の起源の多様性とその分化過程について詳細な研究を進めています。

↑図1 シマヘビの Z 染色体と W 染色体の比較染色体地図(ヘビと鳥類は共通の祖先に由来するが、両者の性染色体(ZW染色体)の起源は全く異なる)

↑図2 爬虫類と鳥類における性染色体の起源


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2.鳥類の性染色体の分化過程

ヒトや実験動物のマウス、ニワトリなどでは、YまたはW染色体がX, Z 染色体に比べて、染色体の欠失と反復配列の増幅によって極度に分化しているため、常染色体に由来する性染色体の分化過程を調べることはできません。しかし、古口蓋上目に属するダチョウ目やシギダチョウ目がもつW染色体はまだ分化があまり進んでいないため、Z染色体との構造比較を行うことによって、「性染色体がどのようなメカニズムによって、そしてどのようなプロセスを経て性染色体の分化が起こるのか」という謎を解明する糸口を与えてくれます。私たちは、北海道大学理学研究院の西田千鶴子先生との共同研究で、この謎解きに取り組んでいます。図3に示すように、ダチョウ目鳥類では、Z-W染色体間で形態的な変化はほとんどみられず、矮小化に伴う反復配列の増幅と染色体のヘテロクロマチン化もみられません。また、ニワトリのZ染色体DNAを用いて染色体ペインティングを行っても、Z-W染色体間ではDNAレベルでもほとんど差がないことがわかります。そこで、ダチョウ目5種、シギダチョウ目1種、ニワトリを用いて、染色体バンディング、染色体ペインティング、比較染色体マッピングによってZW染色体の構造を詳細に調べました(図4)。その結果、ダチョウ目のW染色体では、祖先型である端部着糸型のZ染色体の動原体部分から末端部に向かって欠失が進み、他の領域ではZ-W染色体間に高い相同性があることがわかりました。また、シギダチョウでは、真性へテロクロマチンの大きな欠失と反復配列の増幅によるヘテロクロマチン化が生じ、ダチョウ目と新口蓋上目鳥類との中間型の性染色体の分化状態にあることがわかりました。さらに、ダチョウとシギダチョウのZ,W染色体について機能遺伝子の比較染色体地図を作成した結果、シギダチョウのW染色体では、染色体欠失が動原体から大きく進んだ後に、縦列重複型のサテライトDNAが増幅し、現在のW染色体が形成されたことがわかりました(図5)。おそらく鳥類では、このようなプロセスを経て性染色体の分化が生じたと考えられます。現在、さらに多くの鳥類の性染色体構造を比較し、鳥類における性染色体進化についてさらに詳細な解析を進めています。また、W染色体の分化の初期段階に生じるゲノムDNAの構造変化について研究を進めています。

↑図3 深胸類と走鳥類の染色体比較(性染色体の構造が大きく異なる)

↑図4 古口蓋上目 6 種とニワトリの ZW 染色体の構造比較

↑図5 鳥類における W 染色体の分化過程(ダチョウとシギダチョウを例として)


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3.両生類の性染色体の進化 文責者:宇野好宣

両生類では、すべての種において性が遺伝的に決定され、雄へテロ(XY)型と雌ヘテロ(ZW)型の性決定様式が混在し、ほとんどの種が形態的に分化していない性染色体をもっています。1990年のHillisらの系統学的解析の報告によれば、両生類の祖先型の性染色体構成はZW型であると考えられており、何度かにわたりZW染色体からXY染色体への移行があったと推定されています。両生類の性染色体の起源については、XY染色体をもつアカガエル属において、連鎖地図の比較からそれらがもつXY染色体の起源の多様性が報告されています。一方、祖先型と考えられているZW染色体をもつ両生類では、性染色体連鎖遺伝子の比較はなされておらず、両生類におけるZW染色体の起源は不明です。

そこで私たちは、ゲノムプロジェクトによって膨大な塩基配列情報が得られているネッタイツメガエル (Xenopus (Silurana) tropicalis) と、ZW型の性染色体をもつアフリカツメガエル(Xenopus laevis)、ツチガエル (Rana rugosa)、カジカガエル (Buergeria buergeri) に着目し、それらの性染色体や性連鎖遺伝子の同定し、性連鎖遺伝子の比較マッピングを行うことによって、両生類の性染色体の起源を明らかにすることを試みました。まず、共同研究者の北里大学の伊藤道彦博士のグループによって単離された、アフリカツメガエルの性(卵巣)決定候補遺伝子であるDM-Wの染色体マッピングを行い、アフリカツメガエルでは3番染色体が未分化なZW型性染色体であることを明らかにしました(図6)。さらに、アフリカツメガエル、ツチガエル、カジカガエルの性染色体はそれぞれ起源が異なり、アフリカツメガエルの性決定候補遺伝子であるDM-WをもつW染色体は、アフリカツメガエルで独自に獲得されたことが示唆されました(図7)。現在は、これらの種の性染色体に存在する性決定領域を特定し、新たな両生類の性決定遺伝子の同定を最終目的として解析を行っています。

また、アカガエル属のツチガエル (R. rugosa) は、同一種内で性染色体構成の異なる集団をもつ、脊椎動物の中でも極めて珍しい動物種であり(Miura (2007) Sex Dev 1:323-31参照)、この種におけるXY、ZW染色体の分化過程に関する解析も進めています(図8)。

↑図6 ZW型染色体をもつ両生類における性染色体の起源の多様性

↑図7 北里大学の伊藤らによって単離された、アフリカツメガエルの性(卵巣)決定候補遺伝子であるDM-Wの染色体マッピング(Yoshimoto et al. (2008) PNAS 105: 2469-2474より改変)

↑図8 性染色体構成の異なるツチガエル集団間における比較染色体マッピング(マッピング結果より、ZW型、XY型のZWXY染色体を含む7番染色体は3つのグループに分類された)


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参考文献

・「性」を決めるカラクリ XY染色体 ニュートン2月号(2006年)

・♂と♀のバイオロジー 生物の多様な性分化の仕組み 細胞工学4月号(2006年)