セスキテルペンとはイソプレン単位が3つ重合してできる骨格をもつ化合物のグループで、医薬品、香料、毒素などが含まれます。植物や微生物は、さまざまな生理活性を示すセスキテルペン代謝産物を生産します。私たちの研究グループでは、穀類に感染する糸状菌フザリウムが生産するトリコテセン系と総称されるセスキテルペン毒素の生合成遺伝子の同定、解析を通じてトリコテセン骨格につく側鎖の多様性を生み出す機構を解析しています。また、複合的な外部環境要因に応答して、大量にセスキテルペン毒素を生産することのできるフザリウムの遺伝子発現制御メカニズムを逆遺伝学的、化学遺伝学的アプローチによって調べています。


(1)トリコテセン系毒素の側鎖多様性を生み出す遺伝学的メカニズムの解明(二次代謝生合成遺伝子食の安全


図1:トリコテセン骨格と側鎖。フザリウムではC-3位が必ず(2)または(3)となる。(IT-2 toxin
II4,15-diacetylnivalenol、(IIINX-3

 

 トリコテセンは比較的単純な基本骨格(図1)を持つセスキテルペンで、穀粒中に蓄積し、食の安全を脅かします。その骨格の5カ所の炭素のうち、どの位置にどのような置換基のついたトリコテセンをフザリウムが最終産物として生産するかは遺伝的に決まっています。これは生合成酵素の性質や機能が、祖先種からより多様化するように進化して来たためです。水酸基、アセチル基の単純な置換基だけでも組み合わせパターンは理論上4 x 2 x 3 x 3 x 2  = 144通り(図1)ですが、既知のフザリウムが生産するトリコテセン側鎖のパターンは実際には限られます。

 (I)、(II)に示す2つのトリコテセンは異なるフザリウム種が生産し、そのC環の構造は全く同じです
図1)。しかし、C環のC-4位を水酸化する酵素の基質特異性は大きく異なります。(I)の生産菌ではA環修飾前の中間体がC-4位水酸化酵素の基質となって水酸化を受けるのに対し、(II)の生産菌では、A-ring修飾後の中間体しか良い基質になりません。(II)の生産菌では、A環水酸化酵素がC-7位も水酸化するように多機能化させて進化したのですが、同時にC-4位水酸化酵素の基質特異性が狭くなるように共進化させねばならなかったのです。最近、圃場から既知のパターンとは異なる(III)のような新しい進化型トリコテセン(図1)を生産する菌が突如出現したことが報告され、これまでにない側鎖構造をもつトリコテセンを生産するようにフザリウムは絶えず進化を遂げていることが明らかとなってきています。

 私たちの研究グループでは生合成シャント化合物を多様なフザリウムの生合成遺伝子と置換した株へフィーディングし、代謝産物の解析を行っています。側鎖修飾に関わる酵素の性状を解析し、生合成経路の精密解析を進めることによって、トリコテセン側鎖多様性を生み出す遺伝学的メカニズムを明らかにするとともに、新たな食の危害要因の低減化に役立てるための研究を行っています。

 

(2)セスキテルペン産生制御機構の解析(化合物ライブラリー転写制御AreA転写因子

 フザリウムはpH、糖、水分活性、窒素源などの環境要因を感知し、トリコテセン生合成遺伝子(Tri遺伝子)の発現を制御します。Tri遺伝子の大部分は遺伝子クラスター(Tri遺伝子クラスター)を形成していますが、そのコア領域に存在するTri6遺伝子は、Cys2His2型の3つのzinc finger をもつ正の転写因子をコードするトリコテセン生合成に必須の遺伝子です。TRI6転写因子は、Tri遺伝子のプロモーター領域(Tri6自身を含む)に存在するコンセンサス配列YNAGGCCへ結合してTri遺伝子の転写を活性化しますが、そのためにはまずTRI6自身がTRI6転写因子に依存しないで転写(TRI6非依存性初期転写)、翻訳を経て細胞内に存在する必要があります。さらにTRI6転写因子によるTri6の転写活性化(TRI6依存性自己転写活性化)には、これまでの研究からタンパク質翻訳後修飾による活性化が必要であると考えられています。私たちのグループでは、TRI6非依存性初期転写とTRI6依存性自己転写活性化を区別できる系を構築し、どのような外部環境要因がこれらの異なる様式の転写を制御しているのかについて研究を進めています。

 また、フザリウムの生育に影響を与えずに、Tri6の転写のみに影響を与える化合物の探索を行い、Tri6発現を促進もしくは抑制する化合物をいくつか見出しております。これらの化合物は、毒素生産の抑制剤もしくは有用セスキテルペンの生産促進剤としての応用が期待されますが、その作用点の探索を進めることによってTri6発現活性化調節の分子機構を明らかにし、セスキテルペンの発現制御機構を巧みに利用した異種セスキテルペンの代謝工学へと発展させることを目指しています。

 

(3)フザリウムの特定の遺伝子の変異株ライブラリーの作成系の構築ネガティブセレクションゲノム編集

 ゲノムサイエンスやインフォマティックスの著しい進展に伴って、これまで多くの遺伝子の機能が解析されてきました。しかし、特定の遺伝子に対象を絞ってアミノ酸置換変異を導入し、興味のある表現系を示す変異株をスクリーニングすることができるツールはありません。フザリウムのセスキテルペン生産制御において鍵となる転写因子をコードするTri6ヘミセルロースの分解酵素遺伝子の発現制御に関わる転写因子をコードする遺伝子などの特定の遺伝子にターゲットを絞り、細胞内で直接、ランダムに遺伝子改変を施した変異株ライブラリーからより好ましい形質を示す変異遺伝子を人工的に進化させて選抜できるシステムの開発を目指して研究を進めています。

 

 将来的には食品・農業廃資源などを原料に、毒素の代わりに有機化学合成ではコストがかかるセスキテルペン医薬品原料などを大量に生産させる宿主としたフザリウムの代謝工学の基盤形成を目指して研究を進めています。

 

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