動物生殖科学研究室の研究内容

研究の概要

 ほ乳類における生殖制御メカニズムの解明は、ウシやブタなどの家畜の生産効率の向上に資する新たな繁殖制御法の開発に繋がります。ほ乳類の生殖活動は、神経系と内分泌系を中心とする脳と性腺のインタラクションにより綴密な制御を受けています (図1)。本研究分野は、ほ乳類の生殖を支配している生理メカニズムや性の成立機構を明らかにすることを目的として、生殖系を支配する神経内分泌メカニズムについての研究を行っています。主にラットやマウス、スンクスなどの実験動物をモデル動物として用いますが、共同研究等によりウシ、ブタなどの家畜や、ヒトのモデルとしてのサルも扱います。
 本研究分野では、生殖の神経内分泌学に関する基礎的な研究を進めるとともに、それらの知見を畜産に活かすことを目的としており、農業系研究機関などとの共同研究も活発に行っています。さらに本研究分野での研究成果は、ほ乳類全般に共通する知見であるためヒトの生殖医療のための改善にも活用されています。

キスペプチンによる生殖制御メカニズムの解明

 2001年に発見されたキスペプチンは、Kiss1遺伝子にコードされ、ほ乳類の生殖を制御する最上位の神経ペプチドとして、生殖生理学分野で最も注目されています。本研究分野は、世界におけるキスペプチン研究の拠点のひとつとして、キスペプチンによる性腺刺激ホルモン放出ホルモン (GnRH) 放出制御の機構について研究を進めています。これまで私達はキスペプチンニューロン細胞体が、脳内の2つの部位に局在していることを明らかにし、そのうち視床下部前方のキスペプチン細胞集団は、エストロジェンによる正のフィードバックによるGnRHサージ (GnRHの大量放出)ひいては黄体形成ホルモン (LH) サージを引き起こすための排卵中枢であることを明らかにしました (図1)。さらに、後方のキスペプチン集団は、GnRHおよびLHの基底分泌 (パルス状分泌) を制御し、エストロジェンの負のフィードバックを仲介する卵胞発育中枢であることを提唱してきました。特に最近では、遺伝子改変モデルラット (図2) やマウスを用いて、キスペプチンの発現を制御する分子メカニズムや、正負のフィードバックを制御するエピジェネティックメカニズムなどに関して新たな知見を明らかにし、世界のキスペプチン研究をリードしています。さらにこれらの知見を活かし、国内外での共同研究により、キスペプチン関連薬剤による繁殖刺激法の開発を通じた家畜の繁殖効率の向上を目指すとともに、繁殖抑制剤の開発にも着手し、農作物に甚大な被害をもたらす害獣の繁殖抑制にも寄与したいと考えています。

脳のエネルギーセンシングと生殖機能の制御

 栄養のうち特にエネルギーレベルは、生殖機能のみならず、摂食行動などの本能機能を制御する上で非常に重要な因子です。ブドウ糖、脂肪酸、ケトン体など血中を流れるエネルギー基質の濃度は、脳に存在するセンサーにより感知され、生殖や摂食を制御しています。特に泌乳期や性成熟期など多くのエネルギーが必要な時期には、生殖機能が抑制される例が多くあり、畜産業では生産効率の低下につながる大きな問題となっています。
 わたしたちは脳におけるエネルギーセンシングの機構を検索していくうちに、後脳に存在する上衣細胞がセンサー細胞の本体であることを世界で初めて明らかにしました。上衣細胞はこれまでは単に脳室の裏打ちをする支持細胞として考えられてきただけに、この事実はたいへん興味深いと考えています。現在、これらのセンサー細胞におけるエネルギーセンシングの細胞内あるいは分子メカニズム、さらにこの細胞から摂食あるいは生殖の中枢へと至る神経経路について解析を進めています。これらの知見を利用し、摂食行動や生殖機能をコントロールし、家畜を効率良く生産することができる機能性物質開発などへの応用に役立つことを目指しています。

脳の性差の発現機構

 雄型 (男型) の脳、雌型 (女型) の脳ができる過程を脳の性分化といいます。この脳の機能的な分化は、雄と雌の生殖機能の制御の違い (雌では排卵があり、それに伴って生殖機能に周期がある) を生み出すとともに、それ以外の生体機能の性差も生み出しています。本研究分野では、ラットやマウスをモデルとして胎子期・新生子期など発達期における脳の性分化のメカニズムを解明するため、排卵や性行動を指標として研究を進めています。これにより、ウシなどに多発する排卵障害の治療に役立つ知見を得ようとしています。

性成熟のメカニズム

 動物の生殖機能は、胎子期後半あるいは新生子期に性の分化の後、性成熟に達するまで抑制されています。これまでの研究から、性成熟前には生殖機能を支配するメカニズムは完成しますが、特異的な機構により抑制されていると考えられています。本研究分野では、性成熟前に生殖機能を抑制している神経内分泌メカニズムを解明することを目的として、ラット等をモデルとして研究しています。この研究によって得られる知見が、家畜の性成熟の人為的コントロールに資すると期待しています。

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