名古屋大学大学院
生命農学研究科
動物科学専攻
動物栄養科学研究室

Laboratory of Animal Nutrition, Department of Animal Sciences, Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University

研究内容

村井 篤嗣(教授)

1)鳥類の母子免疫機構の解明:機能性卵の開発や免疫増強への応用

2)コメの新しい生理機能の発掘と生産物としての卵の差別化

3)脂肪肝の発症機構の解明と、その発症抑制を目指した栄養学的アプローチ



1)鳥類の母子免疫機構の解明:機能性卵の開発や免疫増強への応用

卵は私達にとって最も身近な栄養食品の一つです。一方、卵は「生命の源」であり、その中には胚やふ化後のヒナの発育に必要な栄養素や生理活性物質が豊富に含まれています。今、私達は、卵成分の生物学的な意義を発掘することで、卵の新しい利用方法を見つけ出そうとしています。
 卵黄は「抗体(免疫グロブリンYIgY)」を豊富に含んでいることはご存じでしょうか? これは、母ドリが自らの血液を循環するIgYを卵黄成分の一部として蓄積させておき、その子であるヒナを感染症などから保護するためです。この現象は「母子免疫」と呼ばれていますが、鳥類をはじめとする卵生動物では、どのように抗体が蓄積されていくのかは良くわかっていません。

 私達は、ニワトリやウズラを産卵モデル動物として利用し、鳥類の母子免疫機構の解明に取り組んできました。この仕組みを解明するためのツールとして人工抗体を利用しています。これまでに、以下の興味深い結果が得られました。

① 卵黄に蓄積されるためには抗体のFc領域が必須です。

Fc領域の363番目のTyr残基を別のアミノ酸残基に置換すると卵黄への輸送能が失われます。抗体はたった一つのアミノ酸残基を置換するだけで卵黄に輸送されなくなります。

363番目のTyr残基の近傍のアミノ酸の配列を改変することで、これまでの抗体よりも効率良く卵黄に輸送されるIgY変異体を見つけ出しました。

④ 抗体の産生能力を失ったIgY欠損鶏を作出し、この鶏に卵を産ませることに成功しました。このIgY欠損鶏は通常の鶏よりもIgYの輸送能力が高いことがわかりました。

私達は鳥類の母子免疫機構の全容を解明したいと考えています。そもそも卵黄は母ドリの血液成分に由来します。しかし実際の卵黄は血液とは似て非なる性状です。これはヒナの発生に必要な成分を血液から選別して蓄積するためです。私達は、鳥類の卵巣には、血液からIgYを引き抜くための「受容体」が存在すると考えています。この受容体の候補となるタンパク質を見つけ出したので、現在、その分子機能を調べています。驚いたことに、この受容体には血液中を流れるIgYの寿命を長くするという別の役割を持つこともわかってきました。
 これらの研究成果によって、抗体を沢山含む卵の生産、さらには、母ドリの抗体を生まれてくるヒナに沢山伝播させることで、病気にかかりにくいニワトリの生産を実現したいと考えています。

2)コメの新しい生理機能の発掘と生産物としての卵の差別化

 日本で飼われている動物の飼料の多くには輸入トウモロコシや輸入大豆が使用されています。世界的な気候変動によって、穀物収穫量は不安定となり価格も高騰しています。これらの輸入穀物に代わる飼料資源として国内自給が可能な米の利用が進められています。ニワトリやウズラは歯を持っていませんが、その代わりに物理的な粉砕能力に優れた筋胃を持っています。したがって、「モミ米」や「玄米」を飼料として利用することができます。しかし、私達人間にとってモミ米に含まれるモミ殻やヌカは殆ど口にすることはないので、モミ米や玄米の機能性研究は未開拓な領域です。

 モミ米には、難消化性多糖やγ-オリザノールやフェルラ酸などの生理活性物質が含まれています。これらの成分によって腸管からの微生物の侵入を防ぐ「腸管バリア機能」の亢進が期待できます。私達は、ニワトリにモミ米飼料を与える栄養試験によって、興味深い結果を得ました。

① ニワトリはモミ米を好んで摂取することから、嗜好性が高いことがわかりました。

 モミ米は腸管バリア機能の健常性の維持に必須な腸管からのムチンの分泌と産生を誘導します。その結果、腸管のバリア機能を実験的に損傷させた時に、モミ米は保護効果を発揮することがわかりました。

③ モミ米は腸内に定着する腸内細菌叢を変化させることがわかりました。

 私達はモミ米がムチンの分泌・産生誘導をはじめ、腸管での免疫機能を増強する効果を持っていると考えています。

玄米は、モミ米に比べて不純物が少ないため、飼料資源としてはより有用です。そこで、近年は、玄米の新しい機能性を発掘して、生産物である卵の差別化(有用な機能性を付与できないか)を目指しています。日本が得意とするコメの生産とコメの研究を発展させて、食料生産問題に挑戦したいと考えています。

3)脂肪肝の発症機構の解明と、その発症抑制を目指した栄養学的アプローチ:ビタミンCとアミノ酸代謝産物

 代謝性疾患の脂肪肝は、哺乳類においても鳥類においても個体の健康を損なう病気に進行することから、その発症原因の究明と発症抑制の方策が求められています。ヒトでは、脂肪肝が進行すると、肝硬変や肝がんへと進行することから、その進行を食い止める必要があります。鳥類では、卵黄に大量の脂肪が含まれており、この脂肪を肝臓で大量に合成するために脂肪肝に罹りやすいことがわかっています。そこで、私達は、以下の2つのモデルを使って、脂肪肝の発症機構の解明と、脂肪肝の発症を抑制するために有用な栄養成分を見つけだすことを目指して研究を進めています。

 脂肪肝の病態進行には、炎症反応が深くかかわっています。細胞内に蓄積された大量の脂肪は炎症反応を誘導します。そして、肝細胞を死に至らしめます。この現象が繰り替えされることで、組織の線維化が起こります。当研究室の先行研究により、ビタミンC(アスコルビン酸)は、炎症反応を抑制する生理作用を持つことがわかってきました。私達は、ヒトと同様にビタミンCを合成することができない「ビタミンC合成不能ラット」で脂肪肝を誘導した時に、ビタミンCの摂取の有無によって、脂肪肝の病態進行を抑制することが可能か?を調査しています。

また、卵の生産現場では、低タンパク質(低アミノ酸)飼料がニワトリに与えられています。これは、トリの加齢とともに次第に卵が大きくなるという特徴のために、卵のサイズを小さくしたいという生産者側のニーズと、あまり大きな卵を食べたくないという消費者側のニーズがあるためです。しかし、低タンパク質の飼料をトリに与えると、脂肪肝発症のリスクが高まることがわかってきました。私達は、低タンパク質飼料を与えると、何故脂肪肝を発症し易くなるのかを解明するとともに、卵のサイズを小さく保ちながら、脂肪肝の発症を抑制できるような栄養成分や飼料添加物を見つけ出そうとしています

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