研究内容
堀尾 文彦(教授)
(1)新規なモデルマウスを用いた2型糖尿病原因遺伝子の探求
(3)糖尿病抑制効果や脂質代謝改善効果を発揮する食品因子の探索
(4)ビタミンCの新たな生理機能の探求
村井 篤嗣(准教授)
(5)鳥類の母子免疫機構の解明と機能性卵開発への応用
(6)腸管での生体防御機能を強化する穀物飼料資源の探索とその作用機序の解明
小林 美里(助教)
(1)新規なモデルマウスを用いた2型糖尿病原因遺伝子の同定
(2)食事誘導性脂肪肝の原因遺伝子の遺伝解析
(1)新規なモデルマウスを用いた2型糖尿病原因遺伝子の探求
2型糖尿病の発症は、遺伝的因子と栄養学的因子の両方に支配されています。そして、この疾患の多くは複数の原因遺伝子の組み合わせによって発症しています。2型糖尿病の病態は多種多様であることから、この疾患の新規なモデル動物の開発は現在も強く望まれています。また、2型糖尿病発症に影響する栄養学的因子の中で、脂肪の摂取過多は強力な発症誘発因子です。日本人は脂肪の摂取が増加しており、脂肪の摂取によって糖尿病を引き起こす疾患遺伝子を明らかにすることは栄養学的に重要です。私達は、以下に示す2種の系統の2型糖尿病自然発症モデルマウスを用いて、高脂肪食摂取により2型糖尿病を発症させる遺伝子の探求を行っています。
① SMXA-5マウスを用いた解析
私達は、ユニークな遺伝的背景を持つ2型糖尿病自然発症モデルとしてSMXA-5マウスを見出し、このSMXA-5マウスは脂肪摂取過多により糖尿病形質が重篤化することがわかりました。SMXA-5マウスを用いた遺伝解析の結果、高脂肪食誘発性糖尿病の原因遺伝子が第2番染色体上に存在することを明らかにし、その候補となる遺伝子を選抜しました。
以下の写真でSMXA-5マウスを説明します。SMXA-5マウスは、SMXA-組み換え近交系統という遺伝解析に好適な系統で、SM/J系統とA/J系統とを交配して作出されました。よって、SMXA-5系統は、両親系統の各染色体領域をモザイク状に保有しています。注目すべき現象として、親系統のSM/JとA/J系統は糖尿病や脂肪肝を発症しませんが、それらから作出されたSMXA-5系統は2型糖尿病と脂肪肝を発症することを見出しました。このことは、SM/JとA/J系統は潜在的な糖尿病遺伝子を有しており、それらがSMXA-5系統において組み合わさることによって2型糖尿病が発症することを示しています。このような糖尿病遺伝子は、複雑な発症様式を持つことが多いヒトの2型糖尿病を説明し得る遺伝子である可能性があります。

SMXA5系統は、肥満、高血糖、脂肪肝を発症し、これらの症状が高脂肪食によって重篤化するモデルです。
② NSYマウスを用いた解析
私達は、もう一つの2型糖尿病モデルとしてNSY(Nagoya Shibata Yasuda)マウスも用いています。2型糖尿病は、膵臓でのインスリン分泌不全と、各組織でのインスリン感受性低下とが主要因となって発症します。NSYマウスはこれら両方の要因を持ち合わせています。このマウスも複数の原因遺伝子によって2型糖尿病を発症するモデルであり、高脂肪食によってその病態が重篤化します。現在は、この糖尿病原因遺伝子の同定を目指して、遺伝解析による研究を進めています。
(2)食事誘導性脂肪肝の原因遺伝子の遺伝解析
脂肪肝とは肝臓への脂肪(トリグリセリド)が蓄積した状態を言い、肝臓への過剰な脂肪の蓄積は、糖・脂質代謝異常に繋がります。アルコールを摂取しない人で起こる非アルコール性脂肪肝の患者数は、2型糖尿病患者数と同様に運動不足や食事内容など、環境因子の変化で増加しています。また、糖尿病と同様に、この脂肪肝の発症にも各個人の持っている遺伝的な背景、すなわち遺伝的因子が関わっています。私達は高脂肪食の摂取によって起こる脂肪肝の原因遺伝子の同定を遺伝解析の手法で進めています。
研究内容(1)で述べたSMXA-5マウスは、高脂肪食によって糖尿病だけでなく脂肪肝も発症するマウスです。私達は、このSMXA-5を用いて、脂肪肝の感受性を決定している原因遺伝子が第12番染色体のセントロメア側に存在することを明らかにしました。しかし、その遺伝子が"何"であるのかはわかっていません。
現在は、脂肪肝の原因遺伝子を同定するために、2つのアプローチを行っています。
① 「染色体部分置換マウス(コンジェニックマウス)での遺伝解析」
原因遺伝子の存在位置を約20Mbの領域に絞り込んでおり、その領域内の遺伝子に注目して脂肪肝との関連を調べています。
② 「網羅的な遺伝子発現によって得られた候補遺伝子の機能解析」
培養細胞での候補遺伝子の過剰発現が、脂質代謝系の遺伝子の発現を変化させることがわかりました。しかし、この遺伝子の機能はよくわかっていません。そこで、生体での機能を解析するために、候補遺伝子ノックアウトマウスを作製中です。
私達が行っている食事条件を考慮した遺伝解析のアプローチは、新規な脂肪肝の原因遺伝子を同定できる可能性があります。そして、モデルマウスで得られた成果をヒトに橋渡しするために、今後は、脂肪肝原因遺伝子の発現変化をもたらす食事因子の探索を行って、栄養学的因子による脂肪肝の予防と治療に貢献したいと考えています。
(3)糖尿病抑制効果や脂質代謝改善効果を発揮する食品因子の探索
糖尿病、肥満、脂質代謝異常の発症を抑制する食品中の物質や食品素材を見出してその作用機構を明らかにすることは、これらの生活習慣病を予防する上で大変重要です。私達は糖尿病や肥満のモデル動物(KK-Ayマウスなど)を用いて、これらの疾患発症抑制作用を持つ食品因子を見出しています。以下にその例を挙げます。
① コーヒーの2型糖尿病および脂肪肝の発症抑制効果
コーヒー摂取は高血糖の発症を抑制し、インスリン感受性を肝臓や骨格筋で亢進することをKK-Ayマウスで見出しました。コーヒーに含まれるカフェインが有効成分の一つです。また、コーヒー摂取は肝臓での脂肪酸合成を低下させて脂肪肝を抑制します。現在も、さらに研究を続けています。
② コーヒーは膵臓のβ細胞を保護する作用を持ち、1型糖尿病の発症も抑制することが明らかとなり、現在はその機構を解析しています。
③ キノコ由来の環状ペプチドであるテルナチンが2型糖尿病と脂肪肝抑制作用を持つことを見出しました。
(4)ビタミンCの新たな生理機能の探求
ビタミンC作用を持つ主要物質はアスコルビン酸です。アスコルビン酸は水溶性の生体内抗酸化物質であり、さらにラジカル捕捉能を有しており活性酸素をはじめとするフリーラジカルの消去剤(スカベンジャー)として機能しています。私達は、このビタミンの未開拓の新たな生理機能を見出してきており、以下にその一部を示します。実験動物として、遺伝的にアスコルビン酸生合成不能のODSラットを用いて実験を進めています。
① ビタミンC欠乏時には肝臓を含む様々な臓器で炎症様変化が起こることを見出しました。具体的には、ビタミンC欠乏の初期から肝臓で炎症時と同様に急性期タンパク質などの発現が上昇し、血中では炎症性サイトカインのIL-6、IL-βが上昇します。さらに、肝臓ではNF-κBなどの炎症に関連した転写因子も活性化されることも判明しました。
② ①の結果からビタミンCが抗炎症作用を持っていることを推定しました。現在、ビタミンCを摂取していない群に比べて摂取群では炎症の程度が軽減され、さらに通常要求量の数倍多量のビタミンCを摂取した群では炎症反応がより強く抑えられる結果を得ています。
(5)鳥類の母子免疫機構の解明と機能性卵開発への応用
卵は私達にとって最も身近な栄養食品の一つです。一方、卵は「生命の源」であり、その中には胚やふ化後のヒナの発育に必要な栄養素や生理活性物質が豊富に含まれています。今、私達は、卵成分の生物学的な意義を発掘することで、卵の新しい利用方法を見つけ出そうとしています。
卵黄は「抗体(免疫グロブリンY;IgY)」を豊富に含んでいることはご存じでしょうか? これは、母ドリが自らの血液を循環するIgYを卵黄成分の一部として蓄積させておき、その子であるヒナを感染症などから保護するためです。この現象は「母子免疫」と呼ばれていますが、鳥類をはじめとする卵生動物では、どのように抗体が蓄積されていくのかは良くわかっていません。
私達は、ニワトリやウズラを産卵モデル動物として利用し、鳥類の母子免疫機構の解明に取り組んできました。この仕組みを解明するためのツールとして人工抗体を利用しています。これまでに、以下の興味深い結果が得られました。
① 卵黄に蓄積されるためには抗体のFc領域が必須です。
② Fc領域の363番目のTyr残基を別のアミノ酸残基に置換すると卵黄への輸送能が失われます。抗体はたった一つのアミノ酸残基を置換するだけで卵黄に輸送されなくなります。
③ 363番目のTy残基近傍のアミノ酸を網羅的に置換することで、これまでの抗体よりも効率良く卵黄に輸送される変異体を見つけ出しました。
④ 抗体の産生能力を失ったIgY欠損鶏を作出し、この鶏に卵を産ませることに成功しました。このIgY欠損鶏は通常の鶏よりもIgYの輸送能力が高いことがわかりました。

私達は鳥類の母子免疫機構の全容を解明したいと考えています。そもそも卵黄は母ドリの血液成分に由来します。しかし実際の卵黄は血液とは似て非なる性状です。これはヒナの発生に必要な成分を血液から選別して蓄積するためです。卵黄は卵母細胞に血液成分の一部が大量に蓄積したものです。私達は、卵母細胞の最も外側の膜に、血液から卵黄成分を引き抜くための「受容体」が存在すると考えています。
この研究成果によって、従来は卵黄への輸送が困難であった機能性タンパク質を卵黄に輸送することも可能です。また、医療用抗体をはじめとして様々な機能性タンパク質の生産にも応用できます。これまでにない新規な機能性を付与した卵の生産を実現したいと考えています。
(6)腸管での生体防御機能を強化する穀物飼料資源の探索とその作用機序の解明
日本で飼われている動物の飼料の多くには輸入トウモロコシや輸入大豆が使用されています。世界的な気候変動によって、穀物収穫量は不安定となり価格も高騰しています。これらの輸入穀物に代わる飼料資源として国内自給が可能な米の利用が進められています。ニワトリは粉砕能力に優れた筋胃を持つため、収穫時の様態、すなわち「モミ米」を利用できます。しかし、私達人間にとってモミ米に含まれるモミ殻やヌカは殆ど口にすることはないので、モミ米の機能性研究は未開拓な領域です。
モミ米には、難消化性多糖やγ-オリザノールやフェルラ酸などの生理活性物質が含まれています。これらの成分によって腸管からの微生物の侵入を防ぐ「腸管バリア機能」の亢進が期待できます。私達は、ニワトリにモミ米飼料を与える栄養試験によって、興味深い結果を得ました。
① ニワトリはモミ米を好んで摂取することから、嗜好性が高いことがわかりました。
② モミ米は腸管バリア機能の健常性の維持に必須な腸管からのムチンの分泌と産生を誘導します。その結果、腸管のバリア機能を実験的に損傷させた時に、モミ米は保護効果を発揮することがわかりました。
③ モミ米は腸内に定着する腸内細菌叢を変化させることがわかりました。
私達はモミ米がムチンの分泌・産生誘導をはじめ、腸管での免疫機能を増強する効果を持っていると考えています。モミ米に含まれるどの成分が重要なのか、そしてその成分は腸管にどのような経路で働きかけ行うのかは今後の研究課題です。また、モミ米だけでなく、これまでに利用されてこなかった穀物の中にも優れた機能性を持つ飼料資源が残されています。これらの穀物の利用拡大を目指して、食料生産問題に挑戦したいと考えています。