天然物合成とは
 天然からは人間の想像を遙かに超えた構造を持つ有機化合物(天然物)が数多く見つかっている。そのなかには、顕著な生理活性を示し医薬品あるいは重要な生化学研究用試薬として知られているものが含まれている。しかし、大部分の天然物(特に二次代謝産物)は、その存在意義が明らかになっていない。生物は生存競争を生き抜くために、その長い進化の過程で、複雑な天然物を合成する能力を獲得したと考えられる。生物は大変なエネルギーを消費してそれら有機化合物を合成しているから、生産生物にとって何らかの存在意義(生理活性)があるに違いない。まだ我々人間がその重要性に気付いていないだけと考えるべきである。そんな本来生物が生産している天然物(天然有機化合物)を、人間の手で化学合成するのが、天然物合成である。
 有機合成、特に天然物合成は究極の「もの作り」の一つである。有機分子は、人間が加工できる最もミクロで精密な構造体であり、天然物には特に複雑で巧妙な構造を含んでいるものが多いからである。有機化学者は、有機化学の創生期から、天然物に見いだされた人智を超えた構造あるいはその生理活性に魅せられて、同じものを何とか合成しようとして努力してきた。これが、長きにわたって有機合成あるいは有機化学の進歩を支えたモチベーションの根底にある。有機化学・有機合成が進歩してきた現在でも、依然として天然物合成のもつ有機化学、有機合成化学の牽引役としての役割は変わらない、むしろ他分野への大きな波及効果も期待され、重要性が増しているとても魅力的な分野なのである。
(文責 西川俊夫)
化学と工業 特集 これからの天然物化学4