朝ごはんの効能


  健康教室 (2020)

小田裕昭(名古屋大学大学院生命農学研究科)


はじめに


 朝ごはんは食べたほうが良いのでしょうか。それとも、食べないほうがよいのでしょうか。多くの人が朝ごはんを食べた方がいいと思っているようですが、先進国では、若い人の3割ぐらいが朝ごはんを食べていないようです。どちらが正しくて、その根拠はどこにあるのでしょうか。巷には様々な意見が溢れています。書店に行っても、朝食に関する書籍は多く出版されています。また、学術研究としても、多くの朝食に関する論文が報告されています。ところが、未だに、いわゆる「朝食論争」が絶えません。なぜでしょうか。なかなか、はっきりとした因果関係といいますか、メカニズムが十分に示されていないからではないかと考えています。今回、改めて朝ごはんの意義について、賛成派、反対派の意見も紹介しつつ、最近進みつつある時間栄養学による朝ごはんの意義について科学的な解明が進んでいる内容を紹介させていただきます。


朝ごはんを取り巻く人類史


 朝ごはんっていったら、朝起きて最初に食べる食事のことに決まっていると思うかもしれません。しかし、人類の歴史から考えると、食べ物を蓄積しておいて、朝に簡単に食べられるようになって初めて朝ごはんが始まったと考えられます。つまり始まりは新石器時代にさかのぼります。それ以降も、文化的な違いもあり朝がいつかからいつまでなのかなど、朝食べる食事は何を指すのか意外と難しいです。また、言葉としても、朝食べる食事を指す日本語の朝食から、絶食を破る食事を指す英語のbreakfastなどまであり、朝ごはんの位置づけは思ったより簡単ではないようです。朝は一般に軽く食べるので、食事として数えられていない場合や、口を清める意味でお酒を飲む朝ごはんもありました。特に、身分社会では、その階層や職業や経済的な環境によって朝ごはんの定義も異なり、経済的に豊かになって朝ごはんが一般化していきました。したがって、近代までは、なかなか朝ごはんそのものを定義するのが難しい状況でありました。この時代は全世界的に平均寿命が30代ぐらいであり、朝ごはんどころかその日の食べ物も苦労している状況でした。したがってこの頃には、生活習慣病はほとんどありませんでした。

 その後、豊かになって多くの人が画一的な時間に合わせた生活に変化していくきっかけを作ったのが、産業革命でした。産業革命以降多くの人が都会に集まり、朝の決まった時間に仕事を始め、夕方から夜にかけて仕事を終えるという生活が一般的なものになっていきました。そこで、朝ごはんとは朝に食べる食事として、現在私達が意識する朝ごはんと同じようなものになりました。そして、ちょうどその頃に平均寿命も伸びていくことになりました。

 さらに産業革命以降、電灯の発明などにより、太陽の光に縛られずに夜も活動できるようになり、夜ふかしもできるようになりました。特に最近になっては、インターネットの普及によって24時間眠らない社会になりました。経済活動も24時間眠らないようになり、朝起きて最初の食事の定義が曖昧になるようになってきました。


朝ごはん賛成派と反対派の主張と問題点


 産業革命後、次第に豊かになるとともに生活が画一化していく中で、寿命が伸びていきました。そして、19世紀後半に朝ごはんを健康に関連付ける記述が現れます。あまり根拠なく、朝食は良いという記述が現れたり、胃腸が弱い経験談から食べないほうが良いという記述が出てきます。このように、「朝食論争」は19世紀後半に始まります。そして、20世紀後半になり飽食の時代の到来ともに生活習慣病が大きな問題となり、朝ごはんの健康への影響が現れるようになりました。ですので、本当の「朝食論争」は20世紀以降の食生活から考えていかなければならないことがわかります。

 書店に行くと朝ごはんは良くないという本がたくさん出版されているのがわかります。何十冊とあります。ところが朝ごはんを食べたほうが良いという本はほんの僅かしかありません。朝ごはん賛成派には分が悪いです。学術論文を探してみますと、朝ごはんに関する論文の多くは朝ごはん賛成派です。一部中立のものもありますが、反対派はほぼ見当たりません。こちらでは朝ごはん反対派は圧倒的に分が悪いです。また、日本では国を上げて、朝ごはんを食べましょうと運動をしています(「早寝早起き朝ごはん」国民運動)。

 ここで時間というものを改めて考えてみたい。私たちの頭の中は、ニュートンの「絶対時間」に支配されている。時間がX軸に直線的に進むイメージである。 しかし、現代の物理学はもっと複雑な時間を認識している。時代を遡ると、アリストテレスは「運動が実在し、時間は運動から派生する」と考えた。概日リズム から見える生物の「時間」に近いのはこちらの概念だと思われる。周期的な運動によって時間を感じると考えると、周期性のある生化学反応が大事だということ がわかる。生命現象を行うにあたりペースメーカーが必要であるが、私たちは体内に腕時計のような精巧な時計をもっているわけではなく、周期的生化学反応を 時計として利用して、それが時間として認識されたにすぎないと見るのが素直であろう。
 それぞれの主張を簡単にまとめてみます。

 朝ごはんは健康に欠かせない派(賛成派)の主張

 1)脳の健康のため朝の血糖値上昇は重要。
 2)体温上昇。
 3)成績向上。
 4)肥満防止。
 5)生活習慣病予防。
 6)3食あってバランス食。
 7)成長期の脳の発育に必要。

 朝ごはんはむしろ健康に悪い派(反対派)の主張

 1)腹八分が良い(ちょうど朝食分が丁度いい)。
 2)絶食は体に良い。
 3)朝ごはんは腸に害。
 4)朝は腸を休める時間。
 5)昔は朝食を食べなかった。

 まず賛成派の意見の問題点を考えてみます。「早寝早起き朝ごはん」国民運動に沿った「早寝早起き朝ごはん」全国協議会は、朝ごはんの効能は主に朝に血糖値を上げることにあるとしています。絶食時には、血糖値はわずかに低下しますが、グリコーゲン分解や糖新生によって維持されますので、血糖値上昇を理由とするには少し無理があります。

 朝ごはんを食べることによって心臓疾患などが減少することは、多くの研究から確かめられていますが、その因果関係はわかっていません。学校の成績が上がるという研究もありますが、それが朝ごはんの直接的な効果かどうかについては、疑問があります。

 体重については、朝ごはんを食べたほうが体重が下がるという報告が多い一方、変わらないという報告も多いです。普段朝ごはん食べてない人に食べてもらうようにすると太ってしまうとの結果も得られています。

 いずれの研究も、観察研究といって、朝ごはんを食べている人がどのような状態であるかを見る研究ですので、因果関係がわからない点が説得力が不足するといわれる理由です。

 次に朝ごはん反対派の問題点です。朝は腸が休む時間なので、その時間に食べると腸に悪影響があると言っていますが、その根拠は全く不明です。腹八分が良いとか、絶食が良いということはいわれていますが、それを朝ごはんでする必要があるのか疑問があります。後でもう少し詳しく述べます。

 反対派の書籍には多くの体験談が載っていますが、個人の感想は重要ですが自然科学の客観性の基準を満たしていません。したがって、反対派の多くの説は、学術論文になっておらず、個人の感想にとどまっているため、分析も批判もできないという大きな問題がありました。

 昔、人類は朝ごはんを食べていなかったから食べなくてよいのだという主張はなるほどと思うのですが、最初に述べたように、産業革命以前は十分な食料を得られる人は必ずしも多くありませんでした。そのため寿命も短く生活習慣病もありませんでしたから、私達の朝ごはんと比較するのは意味がないと思われます。

 しかし、賛成派も反対派も共通する考えが、ある程度の食べていない時間(絶食時間)を作ったほうが良いという考え方です。腹八分や一定の絶食期間を保つことが健康に良いということはよく知られています。ネズミから霊長類の猿でも腹八分(エネルギー摂取を減らす)が寿命を伸ばすことがわかっていますので、人間でも起こると思います。しかし、これはなかなか実践が難しく、ちゃんとした管理下で行われないと命が危ないです。最初にも述べましたように、食べ物が不足すると、寿命が伸びません。飽食の私達は、少し食べる量を減らすとむしろ生活習慣病を抑えることができますが、それを朝食に求めるのには難があります。また、夜食などを食べず、絶食時間をしっかり取ることで朝もお腹が空くようになり、朝ごはんが美味しくなりそれが健康につながるようです。

 こうやって見てきますと、朝ごはん反対派の説得力は不十分です。多くの人が思っているように朝ごはんは健康に良いという結論のようです。しかし、その理由があまり明確でないということが見えてきました。その問題を解明しようとしたのが、時間栄養学です。朝ごはんを体内時計の観点から見ると、朝ごはんの効能が見えてきます。


朝ごはんは体内時計を正常化します


 時間栄養学は、食事のタイミングと体内時計の関係を研究しています。その研究からわかってきたことは、タイミングの良い食べ方があるということです。例えば朝や昼に高カロリーの食事をとっても、日常的な活動で消費するので太りにくいですが、高カロリーの夜食は肥満につながります。体内時計をもっているため、私達は時間が来るとお腹が空いたり、眠くなったりします。体内時計はおよそ24時間で回っていますので、毎日調整(リセット)する必要があります。そのため一般に、朝起きて朝日を浴びると体内時計が正常化されるといわれています。ところが、時間栄養学の研究から、脳の時計は朝日などの光によって調整されますが、食事のタイミングには内臓などの時計をリセットする役割があります。食事のタイミングが不規則だと、体内時計を正常化させることができません。これがズレてしまうと体の中での時差ボケが起きてしまいます。

 私達は、実験動物(ネズミ)を使って、朝ごはんを食べるか食べないかの影響を調べてみました。朝ごはんを食べないようにしても1日に食べる量は変わりませんでしたが、太ってしまうという結果が得られました。人で観察されてきたことと同じでした。そこで、そのメカニズムを調べました。朝ごはんを食べないネズミは体温が上がらず、カロリー消費が低く、肝臓などの代謝時計がズレてしまい、脂質代謝に異常が起きました。頭は起きていても、体はまだ寝ているような感じです。このように時計遺伝子などの変化から太りやすい体(体質)になったことがわかりました。

 つまり、朝ごはんを食べる習慣は、体内時計の正常化を介して、より良い代謝のリズムを作ることになります。結果として太りにくく、生活習慣病になりにくい体になることがわかってきました。これらのことから、朝ごはんの多くの疑問が解決します。朝ごはんを食べる習慣は、体内時計を正常化します。そのため、肥満や生活習慣病に関わるすべてのことが改善方向に向きます。つまり、健康体質になるというわけです。朝ごはんを食べて夜食を食べずに、一定期間の食べない絶食時間を作ると、メリハリのある食生活となって、とても健康的です。ただ、朝ごはんを食べない人に朝ごはんを食べるような実験をすると太ってしまうことは、朝ごはんがカロリーオーバーになるからです。しかし、朝ごはんを続けていくと、体内時計が正常化されていきますので、健康体質に変わっていきます。つまり、朝ごはん習慣によって、一時的に体重は変化するかもしれませんが、体重は減少する方向に行きます。何よりも健康体質に変わることが重要です。メタボリックシンドロームや生活習慣病になりにくい体質を朝ごはんが作ってくれます。


朝ごはんに何を食べたら良いのでしょうか


 実はアメリカで朝ごはんが普及した理由は、ある会社のシリアルの宣伝効果が大きいといわれています。朝ごはんで体内時計をリセットするにはどのような食事を取ればよいのでしょうか。体内時計をリセットする役割のある食品は、数多くあります。糖質やタンパク質などがインスリンの分泌を介してリセットしているようですので、大体何を食べても良いようです。あまり軽食だと効果が少ないかもしれませんが、多く食べる必要はないと思います。洋食でも和食でも普通の朝ごはんを普通に食べるだけで大丈夫です。


おわりに


 「朝食論争」は、とても混乱する状況でした。議論を整理してみると、20世紀以降の飽食の時代の食生活に絞って考えないといけないこともわかってきました。その上で、時間栄養学の進歩によって、朝ごはん習慣が体内時計を正常化することによって健康になることが明らかになってきました。朝ごはんを食べて健康体質を作りましょう。


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Updated 12/27/21