哺乳類に見られる高次な生体制御の解析(がん研究等)

研究内容

 生物学に「大腸菌で正しいことはゾウでも正しい」という言葉があります。この言葉に象徴されるようないわば「還元主義」的なモデル生物の解析は、手法や結果の解釈を容易にし、目覚しい成果を挙げてきました。たとえば、細胞周期研究は酵母をモデルとしてその基本的な制御メカニズムを明らかにし、まさに酵母で正しいことはヒトでも正しいことを明快に示しました。ただ、基本的なメカニズムに加えて進化の過程で得られた新たな制御機構も存在し、たとえば、p53(がん抑制遺伝子)による細胞周期制御は酵母に存在しませんが、ヒトのがんには、p53の変異に起因する細胞周期異常が多数見られます。高等動物の生体制御には、高等動物に固有であり、かつ健康増進という視点から重要な研究対象もあるのではないかと思います。

 哺乳類とは、文字どおり「ミルク(乳)をふくませる(哺)仲間(類)」であり、母親が生まれてきた子にミルクを与えて育てることは、われわれヒトを含めたこの仲間の動物に特有な現象です。ミルクは一般食品としても重用され、食品化学的観点から長年の研究がなされてきており、そのミルクを産生する組織が乳腺(mammary gland)です。私たちはダイナミックな形態・機能変化が起こる、泌乳期から離乳後の退行期である退縮期にかけての乳腺の解析を通して、生体防御関連因子の探索と分析を行い、がんの予防や治療への応用に向けた研究に取り組んでいます。

 また、哺乳類に特有なもうひとつの発生・分化現象として胚着床(embryo implantation)が挙げられます。胚着床は、受精卵が卵割を繰り返しながら胚盤胞になり、母親の子宮内膜に接着して浸潤する、初期発生において不可欠な現象です。また、この時期の胚の接着・浸潤は、形態的にがんの転移に共通点が見られることから、胚着床の研究はがんの進行メカニズムの解明にもなると考えられています。胚着床に関与する細胞接着分子トロフィニン(trophinin)の複合体に、細胞質タンパク質のタスチン(tastin)およびビスチン(bystinが存在します。タスチンとビスチンはヒトがん細胞で高発現することが示唆されており、私たちはこれら分子の細胞内機能とその生体に与える影響について解析を進めています。


<関連発表論文>