↑トップページに戻る


主な研究テーマ


1.ノルリグナンの生合成に関する生化学的検討
2.スギ心材ノルリグナンオリゴマーの生成と構造に関する研究
3.スギおよびカラマツ心材抽出成分の組織化学的検討
4.樹木抽出成分の生理活性に関する研究




はじめに


 右の写真は、スギ樹幹の横断面です。中央部に濃色の部分が観察され、その周りに淡色の部分が観察されます。この濃色部分は「心材」、淡色部分は「辺材」とよばれます。心材と辺材は、組織細胞学的、生理学的、物理学的、化学的に大きく異なっています。この心・辺材間の違いは、樹木が長期にわたって生き続けるための鍵となる特徴ともいえます。また、樹木が建材等として利用される場合、特に心材部分がその色調や強度などに影響を及ぼします。


 樹木は「なぜ心材を作るのか」「どのように作るのか」、は木材科学の歴史上いつの時代にも大変重要な課題となり続けています。当研究室ではこの課題にアプローチするため、心材に特徴的に含まれる化学成分、すなわち心材抽出成分について、分析化学的、生物化学的、酵素化学的、組織化学的、統計学的な研究を進めています。

主な研究内容の説明


1.通常、スギ材は赤味がかっていますが、しばしば黒色を呈する異常材が現れ、その林業上の価値は極めて低いものです。スギ材には抽出成分としてアガサレジノールおよびセクイリンCといったノルリグナンが多く含まれ、材色には特にセクイリンCが関与するとされています。当研究室では、これら「ノルリグナンがどのように生体内合成(生合成)されるのか」について調査しました。その結果、アガサレジノールを前駆物質としてセクイリンCへと水酸化する酵素:アガサレジノールヒドロキシラーゼ(AGTH)活性の検出に成功し、この転換をノルリグナン生合成経路の一部として生化学的・酵素化学的に初めて証明し提唱しました。
 ノルリグナン生合成の多くが未解明のままであり、本課題は「新規生合成経路の提唱」といった点から天然二次代謝物質の基礎科学として重要であるとともに、この生合成解明が材色優良種生産に向けたスギ分子育種の基盤となることを期待しています。





2.上述1.の内容をさらに発展させ、「ノルリグナンの単量体が生合成後、樹木成長に伴ってどのような変化を受けるのか、どのような物質へと変化するのか」について研究しています。最近、MALDI-TOFMSによって、2〜10分子程のノルリグナンが結合したオリゴマー〜ポリマーがスギ心材中に存在することを見出しました。このうち数種類の二・三量体の単離精製に成功し、現在これらの化学構造決定に取り組んでいます。
 本課題は「新規化合物の発見」といった点から天然二次代謝物質の基礎科学として重要であるとともに、スギ材色とノルリグナンとの関連が広く唱えられてはいるものの純粋なアガサレジノールやセクイリンCは淡色であるため、これら単量体が直接にスギ材の色調に関わっているとは考えにくく、そこでノルリグナンオリゴマー〜ポリマーのスギ材色への影響を提唱しようとしています。同様のテーマについて、他の樹種も対象として研究しています。

 また、抽出成分の樹体内蓄積・存在状態として、ノルリグナン重合物−細胞壁多糖結合の形成の可能性を模索し新規提案しようとしています。
 さらに、「ノルリグナンの重合がどのように起こるのか」その機構について研究しています。現在、ノルリグナンの酸化重合に関わる酵素について生化学・酵素化学的および組織化学的に調査しています。





3.「樹木抽出成分がどのように分布・存在しているのか」について組織化学的に研究しています。主要なスギ心材成分であるフェルギノール(ジテルペンの1種)のスギ心材中での分布をToF-SIMSイメージング(可視化)することに成功しました。ToF-SIMSとは飛行時間型二次イオン質量分析装置(Time of Flight Secondary Ion Mass Spectrometry)の略名称であり、これは固体表面物質の化学的情報と空間的情報を同時に提供するユニークな装置です。



 他にも、特殊な染色法と蛍光顕微鏡法を組み合わせることによって主要なカラマツ心材成分であるタキシホリンおよびジヒドロケンペロール(両方共にフラボノイドに分類される)のカラマツ心材中での分布をイメージングすることに成功しました。さらには、同様の染色法/共焦点レーザー顕微鏡法の組み合わせによってカラマツ心材中の複数のフラボノイド分布の分離イメージング(“同一試料内”の“個々の化合物”の分布を“同時に”可視化すること)にも成功しました。
 心材成分の組織内分布の解明は、樹木・木材科学における基礎科学として重要であるともに、心材成分の局部的存在は材色調や色模様の決定要因となる一方、材の色むらや斑点障害等の原因ともなり、したがって本テーマは木材利用の観点からも重要と言えます。
 「蛍光顕微鏡法によるカラマツ心材成分の組織内分布の可視化:河西、尾頭、中田、今井:木材学会誌61巻5号297-307頁」に対して、第9回日本木材学会誌論文賞が授与されました(2015年度)。





4.スギ材から初めて5種のリグナン・ネオリグナン類配糖体の単離・構造決定を達成しました。リグナン類は、ゴマセサミンリグナンを有名な例として、抗酸化能や制ガン性といった作用を示すことが良く知られており、スギにもこのような生理活性物質が含まれることを発見しました。他にも、ブラジル産材からはイソフラボノイド・フラボノイド・カルコンなどを単離・構造決定し、これらの生理活性(抗酸化能)を確認しました。
 日本における森林破壊とは、「木を切る」ことによるものだけではありません。逆に、「植え過ぎた主にスギの使用が停滞し山が手入れされない」こと、による所が大きいとも言えます。身近な問題として花粉症などの健康阻害の源とされているスギの中に、健康に良い薬用物質(リグナン)が発見されたことにより、余剰のスギの新規用途を提案できるかもしれません。ひいては将来的に日本の林業が活発となり、健全な山の育成・環境改善につながることも期待されましょう。

○ブラジル産材中生理活性(抗酸化)物質:フラボノイド


 他にも、日本産カギカズラの抽出成分を調査しています。カギカズラは、その鉤(カギ、トゲ)と鉤周辺の小枝が生薬原料となる薬用植物ですが、葉の利用用途は現状、確立されていません。これまでに、カギと比較して、葉にビタミンE類が多く、またステロール類(生理活性物質)が主要な成分として含まれることが分かりました。さらに、代謝物質を網羅的に分析する「メタボローム解析」によって葉に特有・優勢に含まれる化合物を探索し、またそれら含有量の季節による違いを調査しています。統計解析の結果、葉にアルカロイドやその配糖体およびポリフェノール類(クロロゲン酸類、フラボノイドやその配糖体)等の生理活性物質が含まれること、またポリフェノール類は冬に優勢となることを明らかにしました。
 日本産カギカズラについて、カギと共に葉などに含まれる化学成分の基礎的な調査は、国産生薬の製造・販売の促進、ならびに新たな機能性に着目した利用法の提案につながり、これらは日本における健康長寿や中山間地域の活性化の一助となることが期待されます。
 なおこの研究テーマは、林木育種・生産に関わる公的機関、苗木生産民間会社、医療系大学、生物機能開発に関わる公的機関、生薬製造・販売民間会社などが参画する共同プロジェクトにおいて、化学成分分析を担当するものです。


【生薬原料部位カギと、活用を目指す未利用部位

最終更新日:2022.08.04
↑トップページに戻る