植物の気孔形成を調節するペプチドホルモンに関する研究

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植物における気孔の役割

 植物の表皮上に存在する気孔は、一対の孔辺細胞(植物によっては副細胞を含めて気孔組織を形成する)とその間に形成される孔(開口部)からなる器官です。写真1はシロイヌナズナの葉の裏側の気孔ですが、シロイヌナズナの気孔はこのように唇のような形をしているので、気孔形成関連の変異株の名前をつける際には、よく唇や口にちなんだ名前がつけられています。気孔は、呼吸、炭酸同化、蒸散など、植物体が外界とのガス交換を行う際の気体の通り道として機能しており、孔辺細胞の膨圧を調節することによって開口部の開き具合(開口度)をコントロールし、ガス交換の効率を調節しています(図1)。このような気孔の機能を考えると、気孔は形態だけではなく機能的にも植物における「口」のような役割をしていると言えるかもしれません。気孔の開閉には光や湿度などの環境条件や、アブシジン酸などの植物ホルモンが関与していることが知られています。















     

          写真1 気孔のアップ    


気孔の形成過程

 写真1にみられるようににシロイヌナズナの成熟した葉の表皮は、気孔とジグソーパズルのような形をした敷石細胞(pavement cell)から形成されています。気孔は、表皮上に一見ランダムに形成されているように見えますが、気孔同士が隣接して形成されることはなく、必ず最低でも1個の敷石細胞を挟む形で形成されます(この規則性は "one-cell-spacing rule" と呼ばれています)。このように気孔がある一定の規則、パターンに従って形成される過程にはどのような調節機構が存在するのかという点に関しては、植物の細胞分化や運命決定という観点から多くの研究者が興味を持ち、この15年くらいで多くのことが明らかになってきました。

 形成されたばかりの葉の原基(leaf primodia)は、煉瓦状の未分化な表皮細胞(原表皮細胞、protodermal cell)に覆われています。このうちの一部の細胞が不等分裂を行って、特徴的な三角形の形状のメリステモイドが形成されます。このメリステモイドは数回の不等分裂を行った後に楕円形の孔辺母細胞へと分化し、一度だけ等分裂を行って一対の孔辺細胞、すなわち気孔が形成されます(図2)。このように、画分か段階にある細胞がそれぞれ特徴的な形態をしており、さらにこれらの一連の分化過程が植物表皮上で起こることから、顕微鏡観察が容易であるという点も、気孔の分化過程が植物細胞の分化調節のモデルとして盛んに研究されている一因となっています。














2 気孔の形成過程




気孔形成に関与するペプチドホルモン stomagen

 私たちのグループは2010年に、大阪大学の柿本辰男教授、京都大学の入江一浩教授との共同研究により、気孔の形成過程に関与するstomagenというペプチドホルモンを単離し、その構造を決定しました。STOMAGEN遺伝子は、シロイヌナズナの若い葉の葉肉細胞で強く発現している遺伝子で、102アミノ酸からなる低分子タンパク質をコードしています。このタンパク質のN末端には分泌シグナルと予想される配列が存在することから、分泌型のペプチドホルモンとして機能すると予想されました。私たちは、天然物化学的な手法を駆使して、この遺伝子に由来するペプチドホルモンの同定を試みました。最終的に、シロイヌナズナのアポプラスト抽出液から3段階の精製を行うことで、分子内に3対のジスルフィド結合を有する45アミノ酸からなるペプチドを同定し、stomagenと命名しました(図3)。また、このstomagenを化学合成しシロイヌナズナに処理することで、stomagenが10 nMという非常に低い濃度で気孔密度を上昇させる活性を有するホルモンであることを明らかにしました。現在は、このstomagenが植物体内でどのように機能しているのかという点に興味を持って研究を進めています。










3 stomagenの構造

1 気孔の役割