植物の茎頂分裂組織の機能を調節するペプチドホルモンに関する研究

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植物の茎頂分裂組織とCLAVATA遺伝子

 植物の地上部に形成される葉や花などの組織は、茎の先端(茎頂)に存在する茎頂分裂組織で形成される器官原基から複雑な細胞の機能分化を伴う形態形成の過程を経て形成されます。茎頂分裂組織の中心には未分化な状態に維持された幹細胞が存在し、この幹細胞の一部が分化することで器官原基が順次形成されていくことから、地上部の組織は全てこの茎頂の幹細胞に由来するという言い方もできます。

 1990年代に相次いで報告されたシロイヌナズナのCLAVATA変異株は、茎頂分裂組織が肥大化し過剰の花や葉が形成されるという表現型を示すことから、茎頂分裂組織中の幹細胞数の制御に異常が生じていると考えられていました。この変異の原因遺伝子として、これまでにCLV1〜3という3個の遺伝子が同定されており、CLV1とCLV2は受容体型の膜貫通タンパク質を、CLV3は分泌型ペプチドホルモンの前駆体タンパク質をコードしています。

 私たちは2006年に、CLV3を過剰発現したシロイヌナズナのカルスが生産するペプチドとして、2カ所のプロリン残基が水酸化された12残基のペプチドMCLV3を同定し、10nMという低濃度で根の先端に存在する根端分裂組織の機能を抑制し、根の伸長を阻害することを明らかにしました。MCLV3は1µMという比較的高濃度で処理すると、茎頂分裂組織の機能を阻害することがわかりましたが、なぜそのように高濃度の処理が必要なのかという謎が残りました。その後、2009年にCLV3を過剰発現させたシロイヌナズナ植物体の抽出物を詳細に解析することによって、C末端がMCLV3より1残基長く、2カ所の水酸化プロリンのうち1カ所が糖修飾を受けたペプチド(CLV3)が同定されました。このCLV3はMCLV3よりもはるかに低濃度で茎頂分裂組織の機能を阻害することができることから、CLV3遺伝子は植物体内では配糖化されたペプチドとして機能していることが明らかになりました。




CLE遺伝子ファミリー

 CLV3前駆体タンパク質には、C末端付近に14残基程度の特徴的な配列が存在し、「CLEモチーフ」と呼ばれています。生理活性を有するCLV3ペプチドはこのCLEモチーフ部分が切り出され、修飾を受けたものであることから、CLEモチーフはCLV3の機能に必須な領域であると言えます。CLV3が発見された後、C末端付近にこのCLEモチーフを持つ低分子分泌型タンパク質をコードした遺伝子が様々な植物から発見され、現在ではこのような遺伝子を総称してCLE遺伝子と呼んでいます。2008年の報告によれば、シロイヌナズナのゲノム上には32個、イネのゲノム上には44個のCLE遺伝子が存在しており、おそらく植物体内でCLV3ペプチドのような生理活性ペプチド(CLEペプチド)として多様な役割を果たしていると考えられています。




MCLV3の構造活性相関

 私たちは、CLV3をはじめとするCLEペプチドの構造活性相関を明らかにするために、合成の容易なMCLV3を元にして様々な類縁ペプチドを合成し、その生理活性についての検討を行っています。現在までに、アラニンスキャン(ペプチド内の各アミノ酸をアラニンに置換して生理活性を検討する手法)の結果から、両末端に近い1, 9, 11, 12残基目のアミノ酸が活性発現に必須であること、その中でも9残基目のプロリンはペプチドの活性立体配座を取るために大きく寄与していることなどを明らかにしてきました。この研究を通して、CLEペプチドのアゴニストやアンタゴニストを開発し、CLEペプチドの基礎研究に寄与するとともに、将来的には植物調節物質としての応用につなげていけたらと考えています。




植物寄生性線虫が持つCLE遺伝子の機能

 前段までに述べたCLE遺伝子は、高等植物で広く保存された遺伝子ですが、植物以外の生物では唯一、植物寄生性線虫がCLE遺伝子を持っていることが2005年以降に複数報告されています。CLE遺伝子を持っていることが報告されているネコブセンチュウやシストセンチュウは土壌中に生息しており、宿主となる植物の根が近くに来ると口針と呼ばれる針状の器官を使って植物の根に侵入します。その後、食道腺から分泌液を植物体内へ注入し、周囲の植物細胞を「多核細胞」や「巨大細胞」と呼ばれる特殊な細胞へと分化させ、そこから養分を摂取します。線虫のCLE遺伝子は食道腺で発現していたことから、この分泌液中にCLE遺伝子に由来する生理活性ペプチドが存在し、植物体での特殊細胞の形成に何らかの役割を果たしていると予想されています。私たちは、この線虫の持つCLE遺伝子に由来する物質の化学的本体に興味を持ち、その同定を目指して研究を行っています。