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名古屋大学 生命農学研究科/農学部 森林水文・砂防学研究室  Forest Hydrology and Disaster Mitigation Sciences

研究内容の紹介
人と自然の関わりの多層性・多義性に留意し,その実態を把握・解明し,その在り方を提言するため,とくに森林など様々な土地での水循環の動態,および地域社会と災害脆弱性について探求します。
森林をはじめとする陸域生態系における水・物質循環の解明,および土砂災害などの自然災害と人間社会との関係に関する研究を行っています。野外調査,社会調査,数値モデルなど様々な方法を駆使して取り組みます。

  1. 自然災害と人間社会との関係
  2. 流域スケールでの水/土砂/物質循環
  3. 森林の水/エネルギー/炭素循環
これまでの卒業論文,修士論文のページ

1.自然災害と人間社会との関係
 地震・洪水など様々な災害がありますが、それぞれその種類・形態も多様です。土砂災害は,崖崩れ・土石流・地滑りの3つがよく啓発されますが、他にも表層崩壊や深層崩壊さらに崩土の体積が10の7乗立米を超す巨大崩壊など,多様な現象のバリエーションが存在します。
 災害科学では災害の原因を素因と誘因の二つに分けて捉えます。素因は災害発生現場がもともと有していた原因で,土砂災害の場合は,地質,地形,土壌,植生や土地利用などが挙げられますが,これだけでは災害は引き起こされません。誘因は災害発生の引きがねとなる原因で,土砂災害の場合は,豪雨や地震などがあります。
 さて、素因と誘因が関わり表層崩壊や土石流が発生しても,人的・物的な被害が生じなければ,これらの現象(ハザード)は災害としては認識されません。小笠原諸島にある無人島の西之島は2013年に始まった噴火で何十倍も面積が拡大するほど活発な火山活動が続いていますが,災害としては捉えられていないのは人間社会の災害への『露出』がセロであるためです。人間社会がその現象に晒され(露出、エクスポージャー),人的・物的な『脆弱性』(バルナラビリティ)を衝かれて被害が発生すると災害として認識されます。これを表したのが、国連の国際防災戦略(UNISDR)が用いている『災害のリスクの式』(1)式です。


 自然の脅威というハザードに脅かされる人間社会の脆弱性(バルナラビリティ)を補い,人間社会 の災害への露出(エクスポージャ)を減らすことにより,人間社会への災害リスクを減らすことができることを,この(1)式は表しているのです。レジリエンスは,経済社会のシステム全体の「抵抗力」,「回復力」です。
 この式が意味していることは、もうひとつあります。災害の多様性はハザードの多様性だけではなく,バルナラビリティ(脆弱性)やエクスポージャ(露出)の多様性によっても生み出されるということです。つまり、典型的な災害事例を見出しにくいのです。ひとつひとつの事例が例外ともいえます。これは災害を科学として捉えていくことを難しくします。そのためひとつひとつの現場を丁寧に調べていく必要があります。その際、(1)式の特定の項だけでなく各項を調べていく必要があります。自然科学的な観点だけでなく人文科学や社会科学の研究者と協力して研究を進めています。短期的な視点も長期的な視点も、直接的なかかわりも間接的な関りも対象にしていくことが必要です。

〇 名古屋大学減災連携研究センター
 名古屋大学減災連携研究センターは研究連携部門、社会連携部門および強靭化共創部門の3部門体制により、産官学民と連携をしながら減災のための研究・普及・啓発にあたっています。現在は、17名の専任教員、28名の兼任・協力教員、11名の客員教員、3名の研究員、37名の受託研究員が所属しています。
 2014年には、減災館が完成しました。この建物は、減災研究の拠点としての役割に加え、東山キャンパス初の免震建物として災害時の対応拠点にもなります。また、平時には、減災について学ぶ場として、1〜2階を広く社会に開放しています。(現在はコロナ対応のため閉館していますが、【夏休みスペシャル減災教室 at home〜アクセス:ご自宅から0分】を開催中!(2020/7/18〜8/31限定公開)です。
名古屋大学減災連携研究センターウェブサイトへのリンク
〇 地区防災計画制度
 土砂災害の発生には,地形・地質などの局地的な地勢条件の影響が大きいという特徴があります。また,土砂災害は再起期間が長いため,世代を超えた息の長い対応も必要となります。さらに土地利用履歴と居住域の位置関係などの社会学的な影響も大きく,個々の現場ごとのきめ細かな対策が必要です。早め早めの警戒避難の体制の構築も重要です。土砂災害防止法に基づき警戒区域の指定が進められ,同法第8条が市町村に求めている警戒避難体制の確保について実効性を高めていくことが必要です。ここで期待されるのが地区防災計画制度です。
 平成25年の災害対策基本法の改正により登場した地区防災計画制度は,1)市町村の地域防災計画とは異なる空間スケールの「地区」という大きさの特性に応じた防災計画であるということ,2)住民が主体的に作成し提案するボトムアップ型の防災計画であるということ,3)継続的に地域防災力を向上させる防災計画であるということ,以上の3つに特徴があります。
 田中が主宰する砂防学会公募研究会「土砂災害に備える地区防災計画研究会」では,土砂災害からの避難計画の実効性を長期にわたって担保していくために,どのようにこの地区防災計画制度を活用していくのかについて議論を進めています。
「土砂災害に備える地区防災計画研究会」へのリンク
〇 歴史災害の検証
自然災害は、発生地域の地形・地質・気候に対応した特徴があります。また、その当時の社会状況として、例えば山林の皆伐などの影響受けて発生する災害もあります。一方、歴史災害に関しては、期間や種類に対する明確な定義はない状況です。しかし、地域の古い災害を紐解くと、集落移転や廃村、さらには産業化、観光化など地域の新たな姿をみることもできます。例えば、自然災害と防災施設(砂防堰堤やダムなど)は関係性が強く、流域の荒廃状況によって、現在では築造されない石積砂防堰堤や山腹工、河川施設では旧堤、さらには個別対策として水塚などがあります。このような関係性から、ジオパークに活用されることもあります。一方、法律に目を向けると50年を経過した施設は文化財の登録有形文化財に指定も多くなってきました。また、国土地理院では、災害伝承碑として記号化も行われ、災害の伝承のツールの多様化ともに資源としての活用が行われつつあります。

歴史災害の伝承は、一次資料である古文書、二次資料の複製資料や引用文献、さらには口頭伝承も資料となり、様々です。一方、その精度や実態に対して、内容を確認しないまま公表・活用されている事例が散見されます。伝承は、5W1Hのようにいつ、どこで、だれがのようにと、詳細に記録したものだけではありません。実際には広域な災害範囲が、社会の状況によって限定化されるものや、復旧費を目当てに実態と異なるような記載をするなど、実態が正確に伝えるもの以外にも例外的な事例が多く存在します。
明治期から現在までは大規模な災害は実態も踏まえ、文章化されていますが、昭和初期以前の災害(特に局所的な災害)は断片的なものが多く、研究グループや研究者、あるいは、隣り合っている災害地でも状況が異なる結果が報告される事例もあります。このようなことがないように、科学的な視点と資料解釈を基に、総合的な災害の検証を行う必要があります。さらに、そこに係る自然環境の変化を明らかにすることで、その後の環境変化が、どのように対応してきたかということを明らかにすることは、今の防災対策にも役立つ情報となり、災害と自然環境の理解を進めることも重要な研究テーマとなります。
2.流域スケールでの水/土砂/物質循環
河川を流れる水は流域の中のいろいろな部分を とおって川に流れ出てきます。つまり,斜面の土壌のなかで水がどの様に移動しているのか? 流域内での蒸発散量の空間分布はどの様になっているのか?などを理解することが必要になります。 また,大雨などで多量の水が斜面に供給されると,土砂移動(表面浸食,崩壊,土石流など)が発生します。 水と土砂移動の相互作用に関しても,植生の影響が重要となってきます。

〇 流域スケールの地形変化
自然界には、生物圏、地圏、水圏などの属性や因子が他者の属性や因子に対して影響を及ぼすこと、すなわちインパクトが当たり前に存在しています。そのインパクトは、斜面崩壊や森林火災、さらには動植物の異常発生など様々です。他方、人間は資源として自然を活用し、さらには安全のために自然を管理しているかのよう「ふるまい」をしています。この「ふるまい」が、結果として人間が自然に対して行う”行為”(インパクト)である。インパクトでわかりやすいものが、「攪乱」です。攪乱は、資源の状況を無視して実際される資源の利活用です。生物でいえば、乱獲(漁業)が分かりやすいでしょう。一方、流域に目を向けると、ダム建設、築堤、砂利採取などもあり、これらは、水や土砂の流れや量を「増減」させます。この「増減」は、地形に対する「攪乱」で大きな影響が生じます。すなわち、流量が多ければたくさんの土砂が流下し、流量が少なくなれば、土砂の移動は少なくなります。その状況に合わせて周辺の河道沿いの地形は変化すます。このような地形変化を整理することで、河川の地形という自然だけでなく、人を含めてどのように自然と共存・共生していくか考えていくことができます。そして、河畔林や水生生物にも影響が波及するため、自然の管理という点でも重要な研究となります。
3.森林の水/エネルギー/炭素循環
地球上の陸地の約30%を占める森林は、他の生態系と比べて非常に特徴的なものです。 同じように植物で覆われた草地や農耕地と比較しても地上からの高さやバイオマスが大きく、根も地中深くまで達しています。 そして、森林は光合成や降雨中・直後の遮断蒸発を含めた蒸散活動を通して、気温や湿度など大気状態や 土壌水分に影響をおよぼすと同時に、大気や土壌環境からも影響を受けています。 この相互作用をよりよく理解することは、局地−地域−大陸・全球にわたる様々なスケールで森林の影響を 評価するために必要です。また,「地球温暖化」問題の実態把握・緩和・適応のためにも いろいろな空間スケール,時間スケールでの森林における水・エネルギー・CO2循環と環境変動の解析が重要となります。
現在、ロシア・ヤクーツクを中心とした森林観測研究(国際共同研究)のほか、 アジアの陸域生態系を対象とした研究をしています。
〇 シベリアの炭素・水循環における植物の役割
〇 大気―森林生態系―永久凍土の相互作用,気候変動への応答

シベリア・北極関連プロジェクトの紹介

名大祭での研究展示(2015年6月)「北方林はどのようにして育っているのか?」 
1)東シベリアの森林2)森林の役割


国内では,北海道母子里と愛知県瀬戸市の森林において タワー気象観測が行われました。これらとFLUXNETなど世界各地の陸域生態系を対象として,気候帯,森林タイプによる,蒸発散や気孔応答特性の一般性と地域性, その時空間分布が明らかにすることをめざしています。ここで得られた観測データは,オープンデータベースで公開され、世界中の研究者に利用されています。
Asiafluxウェブサイトへのリンク
Seto Mixed Forest Siteへのリンク
Moshiri Birch Forest Siteへのリンク
Moshiri Mixed Forest Siteへのリンク
これまでに行ってきた研究
○ナミビア季節性湿地帯への稲作導入による水収支への影響評価
土地利用の改変は、熱収支、水収支に対して影響を与え、その地域の生態系に悪影響を与える可能性があります。南西アフリカに位置するナミビアにおいても、今まで未利用であった湿地帯に稲作を導入することで、国内の食糧安全保障に貢献しようとする研究がされています。しかしながら、現地の湿地帯の水収支はいまだ明らかではなく、湿地帯の水田化が当地の水収支に対してどのような影響を与えるのか明らかになっていませんでした。そこで、ナミビアの季節性湿地帯における稲作導入による当地の水収支への影響について評価することを目的とし、研究を進めました。
SATREPSプロジェクト「半乾燥地の水環境保全を目指した洪水−干ばつ対応農法の提案」へのリンク
○都市域の「緑」の果たす役割
森林を含む緑地は,山のものだけではありません.近年,都市内での緑地が都市環境の緩和に対して,大きな影響を与えているで あろう事が期待されています.しかし,都市化が森林の水/エネルギー/炭素循環に与える影響, 都市緑地における水/エネルギーの循環過程はほとんど知られていないのが現状です.そのために, 都市の影響による森林地での森林の水/エネルギー/炭素循環の変動や都市内緑地での水/エネルギー循環の 実態の研究を名古屋市内や名古屋大学構内にて実施しました.
○亜高山帯での水循環
「水資源」を考えると,日本の多くの河川は上流での水に依存しています.と言うことは,標高の高いところも重要 かもしれません.また,標高の高いところでは暑くなっても,雪がいっぱいあります.このことが,里山では絶対見られない おもしろい現象を引き起こしている(かもしれない?)
高山から乗鞍岳頂上直下までの約40km,標高差2000mにわたる測定ラインを設け,連続気象観測を行うとともに, ゾンデによる高度5000mまでの大気状態,水蒸気サンプリングによる安定同位体の観測を短期週通的に行いました.
これらの解析から,気温の状態による風速分布の変動,高標高地域と低標高地域での気象特性の相違,大気中の気象プロファイルと 地表に沿った接地気層内での気象プロファイルの相違,大規模盆地内での水蒸気移動特性などが解析されました.

○樹冠構造の解析
【シミュレーション編】動物の3次元形態はほぼ遺伝子に因るといわれますが, 植物では様々な環境や他の植物などの影響も要因に加わります.森林の地上部のうち上層の枝や葉が多く分布する層を 林冠(キャノピー)とよびますが,この複雑にみえる林冠構造も放射や乱流拡散などの様々な環境要因や植物生理との 相互作用を受け自己組織化した結果としてその形態を捉える必要があります.また林冠はシュート,大枝,個体エンベロプ, 群落などのサイズの異なる階層性をもち,それぞれが上位レベルの構成要素となっています.このように林冠構造は枝や葉などの 構造構成要素が有機的な構造をもつにも関わらず,従来は測定・記述・解析の簡便性を図るためランダムや一様な配置を前提とした 扱いがなされてきました.そこで本研究室ではコンピュータシミュレーション技術を駆使した林冠構造の解析を行いました.

【実測編】森林水文学において林冠は日射の減衰,放射収支,降雨遮断,蒸発散,乱流境界層などの主要なプロセスの生起する場であり, 林冠の構造や特性の影響は大きいと考えられます.しかしビルディングや人体のような閉曲面を対象とした測定とは異なり, 空隙が多く様々なサイズ構造と多層構造をもつ林冠の3次元測定は容易ではありませんでした.測定結果を森林と環境との解析に 応用するためには枝と葉を区別して測定する必要もあります.本研究室ではこのような林冠構造の測定法としてレーザ光切断法の 可能性に着目し開発を進めてきました.その結果として,枝と葉を区別できる林冠3次元測定法,数百米オーダーの規模で林冠構造を 詳細に測定する方法などが完成し、様々な森林の林冠構造データを蓄積中です.蒸発散研究との連結や森林現存量評価への利用や 森林景観評価への応用なども進めています.オーストラリア北部の熱帯雨林における1万平方米の範囲の林冠構造を詳細に測定する 国際共同研究も実施しました.

○降水特性の解析
過去50年にわたる日本全国の降水データを用いて,日本における降水パターンが どの様に変動してきているかを解析しています.また,降水に大きな影響を与えると思われる 海水表面温度(SST)の長期変動特性と合わせて解析することにより,日本の降水パターンと海水の関係を明らかにしました.

○生物季節(フェノロジー)の解析
落葉樹の開葉や落葉,花の開花,ウグイスの初鳴きなど,季節に伴う生物の変化を 生物季節といいます.地球環境の変動(特に温暖化)が注目されていますが,気候の変化が生物季節にどの様な 影響を与えているのか?また,樹木の成長季節がどの様に変動してきているのか?などを, 過去50年にわたる気象データと生物季節データから解析を行っています.その結果,樹木の生長期が明らかに長期化している傾向が見いだされてきました.