日本人の主食 お米の生産を支える微生物

Soil microorganisms that underpin production of rice,

the staple food for Japanese, in paddy field


(「土と微生物」に掲載されたものはこちら)

 

            内容

            1. はじめに

            2. 養分供給における微生物のはたらき

                2.1. 有機態から無機態への変換者の役割

                2.2. バイオマスとして養分の貯蔵者・供給者の役割

            3. 湛水により微生物のはたらきに伴って生じる土壌の変化とイネにもたらされる利点

                3.1. 湛水により生じる土壌の変化

                3.2. 土壌の湛水・還元化によりイネにもたらされる利点

            4.おわりに

            要旨

            引用文献



1. はじめに


 お米は私たち日本人の主食であり、日本ではそのほとんどが水田で生産されている。水田は日本の耕地面積の約半分を占め,日本の食料生産上重要であるのはもちろん,洪水の防止,水涵養,水質の浄化,景観の維持などの環境保全に関わる多面的な機能をも有している。田植えの季節になると水田には水が張られ,イネの苗が植えられ,秋には稲穂がたわわに実り,収穫の時期を迎える。この間イネが順調に生育するためには,太陽から降り注ぐ光,用水や雨からもたらされる水,肥料などから供給される養分が必要である。しかし,これらに加え,土の中に生息する微生物の様々なはたらきがなければ,イネの健全な生育は成り立たない。本稿では,水田の土壌中に生息し,イネの生育を支えている微生物の大事なはたらきを紹介したい。



2. 養分供給における微生物のはたらき


2.1. 有機態から無機態への変換者の役割


 昔から「イネは地力で獲り,ムギは金肥(肥料)で獲る」と言われる。ここでの地力とは土壌の肥沃度を指していると考えられる。水田では,ムギが栽培される畑と比べて土壌の肥沃度が高く,肥料を与えなくても,イネの収量の低下はムギの場合と比べるとわずかである。これは,かつて日本各地で行われた水田のイネと畑のムギ類(コムギ、オオムギなど)に対する三要素(窒素,リン,カリウム)試験の結果から明らかにされている(久馬,2003)。


 最も重要な養分である窒素では,イネの吸収量の半分程度は土壌有機物中の窒素(有機態窒素)に由来すると考えられている。有機態窒素のほとんどは直接イネが利用することはできず,微生物により無機化されて生じたアンモニアをイネが吸収する。このような土壌中の有機態窒素から生じる無機態窒素は地力窒素と呼ばれる。地力窒素の主要な給源は,土壌中の微生物バイオマスに由来するタンパク態と考えられている。そのため,土壌中のバイオマス窒素の無機化は,主としてタンパク態窒素のプロテアーゼ分解によるアミノ酸の生成と,それに続くアミダーゼなどによるアミノ酸からのアンモニア生成と考えることができる。このなかで,第一段階の反応に関わるプロテアーゼがそれ以降の反応速度を律速する鍵酵素と考えられており(早野,1995),有機態窒素の無機化ではタンパク態窒素の分解が重要な過程である。水田土壌では,この重要な代謝反応を担うプロテアーゼの起源はBacillus属細菌であると推定されている(渡辺・早野,1996)。


2.2. バイオマスとして養分の貯蔵者・供給者の役割


 微生物は有機態から無機態への変換者の役割だけでなく,バイオマスとして自らの体に養分を蓄え,死滅により放出し植物へ供給する役割も有している。まず,最も重要な養分元素である窒素でみてみよう。水田土壌の微生物バイオマス窒素量は,滋賀県の試験水田で測定された例では50〜150 kg N ha-1と報告されている(柴原,2020)。これは土壌の全窒素量の2〜4%程度を占めるに過ぎないが,水田土壌の微生物バイオマス窒素の代謝回転時間(平均滞留時間)は短いため,活発に代謝され,無機態窒素の供給への寄与が大きいと考えられている。上記の滋賀県の水田で測定された稲作期間中のバイオマス窒素の代謝回転時間は20〜40日であり,盛夏の時期には10〜15日とさらに短く(柴原,2020),イネへの無機態窒素の供給に果たすバイオマスの役割の大きさが理解できよう。また,古くから水田では様々な方法で有機態窒素(バイオマス窒素)の無機化を促進させることが行われてきた。例えば,土壌をいったん乾燥させた後に湿潤条件に戻すと無機態窒素の生成量が増加する。これは乾土効果と呼ばれ,乾燥により土壌中の一部の微生物が死滅し,その後湛水などにより湿潤条件に戻ると,死滅したバイオマスに由来する有機態窒素が微生物の活動により分解され,無機態窒素が生じる現象である。


 リンについても,微生物の有機態から無機態への変換者とバイオマスとしての貯蔵・供給者の役割の重要性が指摘されている(武田,2010;國頭ら,2019)。しかし,水田土壌のバイオマスリンを測定した報告例は極めて少なく,中国で測定された数例(Yuan ら, 2013; 2019)に限られ,国内の水田で測定された例は見当たらないようである。Yuanら(2013; 2019)のデータでは,バイオマスリン量は15〜32 mg P kg-1乾土であり,Olsen法により求めた可給態リン酸含量を上回っていた。


 もう一つの三大栄養素であるカリウムではどうであろうか。窒素やリンと異なり,カリウムには有機態の化合物がないためか,土壌中のカリウム動態への微生物の関与は見過ごされてきた。これまで,水溶性,交換性および非交換性の形態のカリウムのみが土壌中での動態に関わっていると考えられてきた。しかし,カリウムは生物の細胞内の主要な無機陽イオンの一つであり,微生物の細胞では0.18〜0.2 M以上と高い濃度が維持されている。このため,微生物体内のカリウムが土壌中のカリウムの動態に関与する可能性が十分考えられる。愛知県の試験水田で実際に土壌中のバイオマスカリウム量を測定してみると,バイオマスには相当量のカリウムが含まれており,8.2〜43 mg K kg-1乾土であり(表1),平均では交換性カリウム量の27%に相当した。面積あたりでは26 kg K ha-1と試算され,イネへの一作あたりの施肥量82 kg K ha-1の32%に相当し,無視できない値であることがわかる。さらに,表1に示すように,長期間にわたってカリウムの施肥を行わずに土壌中のカリウム含量が低下している水田土壌(無カリ区)では,バイオマスカリウム量が交換性カリウム量とほぼ同程度あるいは上回る値を示す場合があることが明らかになった(浅川・山下,2017)。カリウムについても,微生物バイオマスは貯蔵者・供給者の役割を担っていることがわかる。















3. 湛水により微生物のはたらきに伴って生じる土壌の変化とイネにもたらされる利点


3.1. 湛水により生じる土壌の変化


 水田ではイネは生育期間の大部分,水を張った(湛水)状態で栽培される。土壌が表面水(田面水)に覆われると,その下の土壌と微生物の活動に大きな変化をもたらす。酸素の拡散速度は水中では大気中よりも格段に遅くなるため,湛水により大気から土壌への酸素の移動速度が大きく低下する。土壌中では微生物が好気呼吸により酸素を消費する。拡散による田面水からの酸素の供給よりも土壌中の酸素の消費の方が多く,田面水と接する薄い最表層の部分を除いて,耕される部分の土壌(作土)の大部分は次第に無酸素状態となる(図1)。酸素がなくなると微生物は発酵や,硝酸イオン,マンガンや鉄の酸化物,硫酸イオン,二酸化炭素を酸素の代わりに利用する嫌気呼吸と呼ばれる代謝を行うようになる。これらの微生物の代謝作用にともない,様々な物質が還元され,土壌の還元化が進行する。このように湛水により作土が還元状態になるのが水田土壌の大きな特徴である。

















3.2. 土壌の湛水・還元化によりイネにもたらされる利点


 土壌が還元化すると,イネの生育に好都合なことが生じる。

還元条件下の土壌中で微生物が行う発酵や嫌気呼吸では,得られるエネルギーが酸素を利用する好気呼吸よりも少なく,微生物による有機物の分解速度が低下する。そのため,畑と比べ水田では土壌に蓄積する有機物量が多くなり,それに伴い有機態窒素含量も高くなる。これは水田土壌の高い肥沃性の一因となっている。表2に日本の沖積土,洪積土,火山灰土のいくつかの土壌群について,水田と畑の土壌中の全炭素・全窒素含量を示した(織田ら,1987)。いずれの土壌でも,全炭素・全窒素の含量は畑よりも水田で高い値であることがわかる。














土壌が還元化されると,イネが利用可能なリン酸(可給態リン酸)含量が増える。畑の土壌中では,リンが酸化状態の第二鉄[III]との反応により難溶性のリン酸第二鉄[III](FePO4)となる,あるいは酸化鉄に吸着されると,植物はほとんど利用することができない。一方,水田では鉄が還元され第一鉄[II](Fe2+)となり,それに伴いリン酸が可溶化や溶出されるため(南條,2018),イネが吸収できるようになる。また,有機態リンであるフィチン酸についても,土壌の還元化により吸着していた鉄酸化物より放出され,分解による無機化が生じやすくなると考えられている(國頭ら,2019)。


 還元化は土壌のpHにも良い影響を与える。湛水前の土壌のpHが5.5の酸性であっても7.5のアルカリ性であっても,湛水して16週後には土壌のpHは6.7〜7.0の中性付近に収斂する(Ponnamperumaら, 1966)。これには鉄の還元と有機物の分解による二酸化炭素の発生が関係している。湛水前の土壌中に存在する水酸化第二鉄[III](Fe(OH)3)が土壌の還元に伴い水酸化第一鉄[II](Fe(OH)2)へと還元される際に水素イオン(H+)が消費され,pHが上昇する。一方で,有機物の分解により生じる二酸化炭素が水に溶け重炭酸イオン(HCO3-)になる際には水素イオンが生じるため,pHが低下する。これら二つの反応によるpHへの作用が釣り合い,土壌のpHが6.7〜7.0程度の中性付近に落ち着くのである。


 イネは水田では連作が可能であり,畑作物でしばしば大きな問題となる連作障害は生じないため,イネの栽培には大きな利点となっている。これにも土壌の還元化が関係しており,糸状菌など多くが好気性である土壌病原菌の活動が還元的な土壌中で抑制されるためとされている。しかし,イネと同様に湛水土壌で栽培されるレンコン(西沢,1960)やクワイ(嘉儀ら,1983)にはフザリウム属などの好気性の糸状菌による連作障害が知られているため,単に土壌の還元化だけがその原因ではないと考えるのが妥当であろう(小野信一氏 私信)。イネの持つ何らかの特性や根の周りの微生物のはたらきが関係しているのではないかと推察されるが,このメカニズムの詳細は明らかにはなっていない。


 このほか,還元化によるものではないが,水田では土壌の表面に水(田面水)があることにより藻類の生育が可能である。なかでも,窒素固定を行うラン藻(シアノバクテリア)は大気中の窒素を固定して表層土壌へ富化し,水田土壌の肥沃度の維持に役立っている。日本の水田で行われた試験によると,一作期間中の窒素固定量は26 kg N ha-1と試算されている(小野・古賀,1984)。この窒素固定量はイネへの通常の窒素施肥量の1/4から1/5に相当し,窒素供給への寄与の大きさがわかる。



4.おわりに


土壌の還元化は,上に述べたような利点だけをイネにもたらすわけではない。硝化・脱窒作用による施肥窒素の損失,鉄が不足した老朽化水田におけるイネの硫化水素害(秋落ち),鉄過剰水田におけるイネの生育障害(図2),新鮮なわらの多量施用に伴う有機酸の蓄積によるイネの生育阻害,温室効果ガスであるメタンの発生など,イネあるいは環境に不都合なことも,やはり微生物のはたらきにより生じる。しかし,研究によりこれらの現象のメカニズムが明らかにされ,それぞれについて対応策が考案されており,いくつかの問題はすでに解決済みである。水田では,このような微生物による様々なはたらきが調和を保ち,養分などの条件をイネの生育に適した状態に整え,あるいは維持するような管理が行われているのである。











 なお、水田が湛水状態となるのは通常の場合,イネが栽培される約100日間である。秋にイネが収穫され、翌年水田に水が張られるまでは落水状態にあり,土壌は酸化的となる。上に述べたような還元的な土壌中ではたらく微生物はこのような落水期間にダメージは受けないのであろうか。1年間にわたって調べてみると,不思議なことにそれらの微生物はほとんど大きな影響を受けず,数や種類は大きくは変わらない(浅川,2011)。翌年,水田が湛水されるとそれらの微生物は再び活動し,遅滞なく土壌の還元が進み,鉄の還元が生じる。一方,水田を畑に転換し,イネの代わりにダイズなどの畑作物の栽培が1〜2年続くと,それらの微生物は大きな影響を受け,数が減少し,種類が変化することがわかってきた。イネの生育をまさに根元で支えているとも言える,これらの水田土壌の微生物の恒常性・適応性について,水田と畑を定期的に繰り返す試験を長期間行っている田畑輪換圃場で現在調査を継続中である。



要 旨


 お米は私たち日本人の主食であり、日本ではそのほとんどが水田で生産されている。水田土壌中に生息する微生物の様々なはたらきがイネの健全な生育を支えている。窒素などの養分元素では,微生物は有機態から無機態への変換者として重要なはたらきを行っている。また,自らの体(微生物バイオマス)の中に窒素,リン,カリウムなどの養分を蓄え,それらを供給する役割を果たしている。水田が湛水されると作土の大部分は無酸素状態となり,発酵や嫌気呼吸といった微生物の代謝作用により土壌が還元的になる。湛水および土壌が還元化されることにより,有機物の蓄積,リンの可給化,土壌pHの中性化,さらに,田面水に生息するラン藻による窒素固定など,イネの生育に多くの利点がもたらされる。水田土壌中の微生物はイネの生育をまさに根元で支えているといえる。



引用文献


1) 浅川 晋(2011)酸化還元研究の新展開 –土壌の酸化還元がもたらす現象を追う– 2. 水田の湛水・落水に伴う土壌微生物群集の変化 –分子生物学的手法による解析–,土肥誌,82, 428–433

2) 浅川 晋(2015)田んぼの土づくりの主役は、酸素を利用しない嫌気性の微生物,にぎやかな田んぼ─イナゴが跳ね、鳥は舞い、魚の泳ぐ小宇宙,夏原由博編,pp.72–78,京都通信社,京都

3) 浅川 晋・山下昂平(2017)植物へのカリウム供給源としての土壌微生物バイオマス –土壌微生物は窒素やリンだけでなくカリウムも抱え込んでいる–,化学と生物,55,444–445

4) 早野恒一(1995)耕地土壌の窒素地力とプロテアーゼ,化学と生物,33,173–180

5) 嘉儀 隆・田中 寛・草刈真一・中曽根渡(1983)フザリウム属菌によるクワイの赤枯症,大阪農技セ研報,20,11–18

6) 國頭 恭・諸 人誌・藤田一輝・美世一守・長岡一成・大塚重人(2019)リン可給性をめぐる土壌微生物群集,土と微生物,73,41–51

7) 久馬一剛(2003)イネはなぜ水田で栽培されてきたのか,熱帯農業,47,327–331

8) 南條正巳(2018)土壌中におけるリン酸イオンの収着・沈殿現象,土壌の物理性,138,5–12

9) 西沢正洋(1960)蓮根の腐敗病に関する研究,九州農試彙報,6,1–75

10) 織田健次郎・三輪睿太郎・岩元明久(1987)地力保全基本調査代表断面データのコンパクトデータベース,土肥誌,58, 112–131

11) 小野信一・古賀 汎(1984)水田土壌表層における窒素の自然集積とラン藻による窒素固定,土肥誌,55, 465–470

12) Ponnamperuma FN, Martinez E, Loy T (1966) Influence of redox potential and partial pressure of carbon dioxide on pH values and the suspension effect of flooded soils. Soil Sci.,101, 421–431

13) 柴原藤善(2020)水田生態系における土壌微生物バイオマス窒素の動態解明と環境負荷低減技術の開発および琵琶湖流域における水質保全効果の定量的評価,土肥誌,91, 321–324

14) 武田容枝(2010)土壌リンの存在形態と生物循環,土と微生物,64,25–32

15) 渡辺克二・早野恒一(1996)土壌中のプロテアーゼ生産微生物,土と微生物,47,9–22

16) Yamashita K, Honjo H, Nishida M, Kimura M, Asakawa S (2014) Estimation of microbial biomass potassium in paddy field soil. Soil Sci. Plant Nutr. 59,337–346 (Corrigendum [2016] 62,570–573)

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18) Yuan H, Liu S, Razavi BS, Zhran M, Wang J, Zhu Z, Wu J, Ge T (2019) Differentiated response of plant and microbial C: N: P stoichiometries to phosphorus application in phosphorus-limited paddy soil. Eur. J. Soil Biol., 95, 103122