葉緑体の代謝産物輸送に関する研究

葉緑体包膜を横切る物質輸送

高等植物の葉緑体は、光合成、光呼吸、窒素同化、硫黄同化、アミノ酸合成、脂質合成などの一次代謝ならびに二次代謝や植物ホルモン生合成の場であり、葉緑体包膜を横切って糖リン酸、有機酸、アミノ酸、イオンをはじめとする様々な物質の移動が起こっています。

これらの物質透過は包膜に存在する基質特異性の高い様々な輸送体(トランスポーター)やチャネルを介して行われていますが、その実体や特性が詳しく調べられているものは多くはありません。

ジカルボン酸輸送体

私達は、これらの輸送体のうち、ジカルボン酸(カルボキシル基[-COOH]を2個もつ有機酸)の輸送体に着目しています。ジカルボン酸にはリンゴ酸、2-オキソグルタル酸、グルタミン酸などが含まれ、様々な代謝で必要とされるものです。

私達はシロイヌナズナから2種類のジカルボン酸交換輸送体の遺伝子を見出しました。それは、ジカルボン酸輸送体(general dicarboxylate transporter: DCT)と2-オキソグルタル酸/リンゴ酸輸送体(2-oxoglutarate/malate transporter: OMT)です。DCTはジカルボン酸全般を輸送します。一方、OMTは2-オキソグルタル酸とリンゴ酸を主に輸送しますが、一部のジカルボン酸(グルタミン酸,アスパラギン酸)は輸送しません。

DCTとOMTは光合成炭素同化系と窒素同化系の連結点に位置し、代謝のコミュニケーションを統御するうえで極めて重要な役割を果たしています。(図参照)  

炭素同化系と窒素同化系をつなぐOMT/DCT

光合成炭素代謝で生じた2-オキソグルタル酸は、OMTによって葉緑体内に取り込まれます。次いで、窒素同化系で生じたアミノ基が2-オキソグルタル酸に付与されてグルタミン酸が作られます。グルタミン酸はDCTによって葉緑体からサイトソルへと排出され、さらなるアミノ酸合成の素となります。

このように、光合成で生じた2-オキソグルタル酸を炭素骨格とし、窒素を付与することでさらに様々な物質が作られているわけです。炭素同化系と窒素同化系は葉緑体の内外でつながっており、その仲立ちをしているのがOMTとDCTです。OMTあるいはDCTどちらかの輸送体活性が低下した植物では、炭素・窒素代謝が大きく乱れ、生育が著しく低下します。

リンゴ酸バルブにも関わるOMT

一連の研究の途中で、OMTはオキサロ酢酸に対して非常に高い親和性をもつことが明らかになりました。私達は、OMTがオキサロ酢酸/リンゴ酸交換輸送体としても機能していることを明らかにしました。このオキサロ酢酸/リンゴ酸交換輸送体は、「リンゴ酸バルブ」に組み込まれて機能していると考えられています。

強光や塩などの環境ストレス下の葉緑体ではカルビン回路で消費されるより多くの還元力が光化学反応で生じ、活性酸素を生成してしまいます。リンゴ酸バルブは過剰還元力をストロマからサイトソルへと排出することで、葉緑体内で起こる活性酸素生成を回避する圧力弁となっています。実際、OMTが発現しなくなったシロイヌナズナでは、強行ストレス感受性が高まります。

本研究を進めることで、葉緑体のジカルボン酸輸送体が関わる代謝コミュニケーションおよび環境ストレス耐性機構の詳細が明らかになり、生産性や環境耐性向上などの作物改良のための足掛かりが得られることを期待しています。

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