作物の環境ストレス応答・耐性機構に関する研究

 沿岸部デルタ地域や塩性土壌の内陸部では、近年の気候変動と相まって世界的に塩害の被害が拡大し、作物への影響は甚大です。
 そのようなストレスを受けて植物はどう変化するのか、またどのようにしたらそのストレスに耐えられるようになるのか、品種によって違いがあるのか、などをさまざまな手法を用いて研究しています。人工的に作った制御環境下だけでなく、野外環境下においても研究を展開しています。

塩ストレス障害発現と組織耐性

 写真(左)は典型的な塩ストレス障害イネです。下の葉から黄化(クロロフィルの減少)が起こります。

 塩ストレスと与えるとクロロフィルの減少や葉緑体チラコイドの膨潤など形態的な崩壊を起こします。その障害の発現には光が必要で、光がないとクロロフィル減少は起きず、葉緑体の形態的な崩壊は起きませんでした(写真右)。この障害は抗酸化物質の処理で緩和されるため、塩が直接的に障害を起こすのではなく、塩ストレスによって過剰になった活性酸素種が原因だということが分かりました。
 塩ストレスを受けると塩は葉っぱの基部(葉鞘)で多く溜まり、先端には少ないのですが、障害はむしろ先端で大きく出ます。古い葉と新しい葉で比較すると、塩ストレスによる障害は古い葉でより大きく出現しました。このことは、組織耐性は組織の齢で変わるということを意味しています。
 塩に対する反応として、古い組織では活性酸素種を増やす方向にあり、若い組織では活性酸素種を消去するという異なる応答がみられました。活性酸素種生成・除去系応答の齢に伴う変化が、組織耐性を考えていく上で重要であることが分かりました。
 また、耐塩性に対する品種差の研究から、塩ストレス下における生産性の増減に関与する染色体領域が見つかっています。今後、組織耐性を向上させるよな遺伝的な改良が可能になり、その結果、作物の耐塩性が上がって、塩害被害の軽減につながることを期待しています。

塩排除能に関する研究

 イネの耐塩性には上述の組織耐性に加えて、光合成器官である葉身への塩流入を低く抑えることも重要です。葉っぱの基部(葉鞘)に塩を蓄積するのは、葉身に及ぼす影響を低くするためだと考えられます。葉鞘での蓄積はナトリウムだけでなく塩化物イオンも蓄積させるので、葉っぱ全体に広がらないように葉鞘で堰き止めていることが分かります。
 X線微少分析装置を用いた塩動態の観察から、維管束から運ばれた塩は基本柔組織という中央部に位置する組織に運ばれて隔離され、高濃度で蓄積されていることが分かりました(下図を参照)。

 葉鞘内の各部(周縁部や中央部など)からのRNA抽出では、周縁部および中央部で働く塩輸送体遺伝子が見つかっています。また、周縁部では活性酸素種の消去やDNAダメージの修復に関する遺伝子が多く発現していたのに対し、中央部では液胞膜型プロトンポンプなどイオン輸送に関わる遺伝子の発現量が増加しており、組織の機能分化がみられました。

 国際イネ研究所との共同研究によるゲノムワイド関連解析では、葉鞘の塩排除能の品種間差に関する一塩基多型が見つかっており、分子育種の可能性が示されています。

ストレス記憶に関する研究

 生育の初期段階に環境ストレスをあらかじめ与えておくと、その後に到来した同じストレスへの応答が変化するのかを調べています。つまり、ストレスをエピゲノムレベルで記憶させると、その後のストレス応答は変わるのか?という研究です。

 この研究はまだ始めたばかりですが、生育のごく初期に塩ストレスを与えておくと、塩に対するストレス耐性が向上する可能性が示されつつありますが、さまざまな条件設定で研究をすすめていく必要性があります。また、生理的側面からの分析も必要です。

 最終的に収量向上につながれば、栽培技術によってストレス耐性をあげるということも可能になります。

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