研究内容


1.エチレン生合成の調節機構に関する研究

 エチレンは炭素原子が二重結合した構造の簡単なアルケンであり、日常生活で使用しているポリエチレンの構成単位そのものである。この気体は、植物体でも作られ、ガス状植物ホルモンとして働き様々な生理作用を引き起こす(図1)。硬く、酸っぱいキウイをリンゴと一緒にビニール袋の中に入れておくと、甘く柔らかな果実に変わる。これはリンゴから発生するエチレンの働きである。また、モヤシという言葉には「青白くひょろひょろした」というニュアンスがあるのに、最近売られているモヤシは太くて短い。これはモヤシをエチレン処理したからである。一般の人はそれがエチレンの作用であることを知らずに、しかし、身近にその作用を利用している植物ホルモンといえるだろう。 エチレンはアミノ酸のメチオニンを前駆体として合成され、植物ホルモンの中で最初にその生合成経路が明らかにされた。エチレンの生合成を調節している重要な酵素はACC(1-aminocyclopropane-1-carboxylic acid)合成酵素である。
 

 最近の我々の関心は、ACC合成酵素の翻訳後制御機構の解明にある。我々は2001年にACC合成酵素がリン酸化されること初めて報告して以来、この問題に取り組んでいる。一般的に酵素のリン酸化・脱リン酸化は、酵素活性の調節に関わっていることが多いが、ACC合成酵素の場合は、酵素の半減期の制御に関わっている。リン酸化されているACC合成酵素は半減期が長く、リン酸基のはずれた酵素は半減期が短くなる。この発見を基に、ACC合成酵素をリン酸化するprotein kinaseや、脱リン酸するprotein phosphataseの同定を進めている。その結果、ACC合成酵素のリン酸化を認識する特異抗体を用いて、ACC合成酵素をリン酸化するprotein kinaseとして、calcium-dependent protein kinase (CDPK)を発現クローニングにより単離し、その生化学的特徴を明らかにした。また、Eckerらのグループによって、エチレン過剰生成変異体eto1の解析から、ETO1タンパク質がユビキチン・プロテアソーム系のE3リガーゼにACC合成酵素を運ぶアダプタータンパク質であることが報告された。我々はACC合成酵素とETO1との結合が、ACC合成酵素のリン酸化によって抑制されていることを明らかにした。こららの結果からACC合成酵素の翻訳後制御機構を図2に示すように推測している。すなわち、ACC合成酵素は翻訳後にリン酸化されて安定型となり、細胞内ではリン酸化型として働く。そして役割を終えたACC合成酵素が脱リン酸されるとETO1タンパク質が結合し分解される。これらの研究が今後のエチレン生合成調節機構の解明に飛躍的な発展をもたらし、エチレン研究のmilestoneになると確信している



2.頂芽優勢に関する研究

 植物の頂芽を切り取る(摘心)と腋芽が伸びてくる現象を、一般の人でも知っている人は多い。この現象は高等学校の生物の教科書にも記載されており、頂芽が腋芽の成長を抑制し、優先的に成長していることから頂芽優勢とよばれている。植物生理学の教科書に必ず出てくる現象であり、植物体全体の形を決定している大きな要因である。また、頂芽が何らかの損傷を受け成長できなくなった場合に、植物体の成長が停止することのないように、腋芽が頂芽に代わって成長を続ける緊急応答システムであり、植物が個体生存の手段のために備えている機能である。この現象は主にオーキシンによる腋芽成長の抑制と、サイトカイニンによる成長促進のバランスによって制御されていると考えられてから半世紀以上になろうとしているが、その分子機構はほとんど解明されていなかった。
 

 どのような機構によってオーキシンは腋芽の成長を抑制しているのであろうか。この観点に立って解析した結果、茎を流れるオーキシンがサイトカイニン生合成の鍵となる酵素isopentenyltransferase (IPT)の発現を抑制していることが分かった。つまり、頂芽切除後には茎におけるオーキシン含量が下がるためIPTが発現し、サイトカイニンが合成されて腋芽に供給され、腋芽の成長が開始するのであ。この発見は、今後植物生理学の教科書に長く記載されることになるだろう。現在はこのオーキシンによるIPT遺伝子の発現抑制の機構を分子レベルで明らかにするために研究を進めている。



3.トマトの単為結果性に関する研究

 我が国では雨が多いため、営利目的のトマト栽培はほとんど施設(ハウス)栽培である。そのため、確実な着果、結実を行わせるために、受粉の代わりに花をオーキシン処理したり、セイヨウマルハナバチを利用している。しかし、オーキシン処理は重労働であり、セイヨウマルハナバチは費用がかかる上に、特定外来生物に指定され、今後使用できなくなる可能性が高い。このような背景の元で、愛知県総合農業試験場と「サカタのタネ」の共同により、単為結果性品種‘ルネッサンス’が育種された(図4)。このトマトは、自動的に子房が肥大し結実するため、大いに労働削減になる。しかし、この現象の仕組みは全く分かっておらず、我々はこの現象の分子機構を明らかにしようと研究に着手し始めた。これまでに、単為結果性品種の子房では、auxin response factorの転写が、非単為結果性品種よりも高いことが分かった。今後はこの点を切り口に、単為結果の分子機構を明らかにしたいと考えている。