研究テーマ
研究内容
1年の体内時計に関する研究
春になると鶯がさえずり、ツバメが飛来するように、さえずり、渡り、繁殖などの動物の営みは毎年正確に繰り返されています。これら動物の行動の季節変化については紀元前300年代の哲学者、アリストテレスの著書「動物誌」にも記述されていますが、アリストテレス以来、2,000年以上経った現在も、生き物が約1年のリズムを刻む「概年(がいねん)時計」を使って四季の変化に適応する仕組みは明らかにされていません。私たちはユニークな季節適応能力を持つ、メダカやウズラ、さらにはマウス、アカゲザル、ヒトを対象としてこの長年の謎の解明に取り組んでいます。繁殖活動の制御は食料生産に直結しています。また、心疾患、インフルエンザ、精神疾患など、ヒトの様々な疾患は冬に重症化し、冬に顕著に死亡率が上昇することが知られています。動物たちが季節の変化を感知し、巧みに適応する仕組みの解明を通して、生物学の発展、食料生産の向上、ヒトの健康の向上に貢献する研究に取り組んでいます。

月のリズムに関する研究
満月や新月にサンゴやウミガメが一斉に産卵することが知られています。南米の伝統農業では収量をあげるため、種まき、収穫などが特定の月齢でおこなわれてきました。このように、人類は、いにしえより生き物と月の神秘的な関係に魅了されてきました。興味深いことに、近年の研究からヒトの睡眠、月経周期、さらには双極性障害なども新月や満月に同期することが報告されています。つまり、ヒトを含む様々な生き物の営みは無意識のうちに月の影響を受けているのですが、その仕組みはいかなる生物においても明らかにされていません。私たちは5月中旬から7月中旬の新月、満月の日に、海岸の波打ち際で集団で一斉に産卵するクサフグに着目することで、新月や満月の頃に一斉に集団産卵を促すフェロモンを見つけることに成功しました。この成果を突破口にして、様々な動物に普遍的に備わる月のリズムの駆動機構の解明に取り組んでいます。

概日リズムに関する研究
私たちは体の中に約24時間のリズムを刻む概日(がいじつ)時計を持っており、睡眠覚醒、体温、血圧、ホルモン分泌など様々な生理機能のリズムが概日時計により制御されています。現代の24時間社会では、概日時計に逆らった生活により精神疾患、生活習慣病、がんなど様々な疾患のリスクが高まっています。トランスフォーマティブ生命分子研究所 (ITbM)では、生物学者と化学者が力をあわせて概日時計を調節する生命機能分子の開発に取り組んでいます。私たちは、ホタルのルシフェラーゼ遺伝子が導入された、約24時間の発光リズムを示す培養細胞を用いて、多くの化合物の中から有用な化合物の候補を見つけています。合成化学や計算化学の力で候補化合物を改良し、ゼブラフィッシュやマウスの個体レベルでも活性を確認しています。また化合物が作用する標的分子を探索し化合物の作用機構を明らかにしています。このようにして得られた化合物からは、概日時計の新たな仕組みの解明を目指す基礎研究、ヒトの体内時計や動物の繁殖の制御を目指す応用研究など、様々な研究が広がっています。
メダカが有する優れた温度適応能力に関する研究
温帯では1年中安定した気温の熱帯と異なり、季節による大きな環境温度の変化が繰り返されます。そのため、温帯に生息する多くの生物は、柔軟性や頑健性を備えた優れた温度適応能力を有していることが多いです。私たち日本人にとって身近な魚であるメダカもその一つであり、4˚Cから40˚Cと魚類の中でも突出した広さの温度域に適応することができます。しかし、なぜメダカがこのような幅広い温度域に適応可能なのかその仕組みは謎に包まれたままです。私たちは、このメダカが持つ優れた温度適応能力に着目し、最先端のオミクス解析やゲノム編集を駆使した解析を行なっています。これらの研究を通じて、メダカが有する温度適応能力の分子メカニズムや獲得原理の解明を目指しています。また、メダカから学んだ温度適応の仕組みを応用することで、気候変動下においても安定した食料生産の実現に向けて研究を進めています。

ニワトリの大きさを調節する成長ホルモンに関する研究
私たちは国内に維持されている体の小さいニワトリ3品種の原因遺伝子を調査してきました。その矮小化の原因は成長ホルモン受容体に異常があることを確認しました。成長ホルモンは個体の正常な成長を司るホルモンであり、主に下垂体前葉から分泌されます。鳥類、哺乳類、魚類において、個体の正常な成長を促すホルモンとして知られています。ヒトの低身長症、末端肥大症や巨人症は成長ホルモン作用が低下したり、上昇することで起こります。また、成長ホルモン作用は骨伸長作用だけでなく、糖、脂質、タンパク質の代謝、生殖能力獲得、生体防御にかかわる自然免疫系、獲得免疫免系にも関与する可能性が見いだされました。ニワトリは愛玩動物、産業動物として長らく人と密接な関係をもち、その多様性は様々であり、ユニークな形質を持つ品種・系統が存在します(個体サイズは7kgから0.6kg、性成熟が16から30週齢、羽装や気性、体格なども様々)。その長所を解明・制御し、ニワトリに秘められた潜在能力の発揮を模索しています。