安定同位体プロービング(SIP)法で探る水田土壌の炭素動態と微生物

 

 

内容

1.はじめに.. 1

2.根圏微生物による水稲光合成産物の利用.. 1

3.植物遺体の分解・利用に関わる微生物群集.. 1

4.有機物の嫌気的代謝過程に関わる微生物.. 1

1) 脱窒.. 1

2) 酢酸を利用する鉄還元菌.. 1

3) 有機酸の代謝.. 1

プロピオン酸・酪酸.. 1

酢酸.. 1

ギ酸.. 1

4) メタン生成古細菌.. 1

水稲根圏におけるメタン生成.. 1

稲わら分解にともなうメタン生成.. 1

落水条件の水田土壌におけるメタン生成古細菌の増殖   1

5) メタン・メタノール酸化.. 1

5.おわりに.. 1

要旨.. 1

引用文献.. 1

 

 

1.はじめに

 

 土壌は最大の有機物貯蔵庫であり、植物体から土壌への有機態炭素の供給や土壌中での炭素循環、そして炭素循環に関わる微生物の多様性・機能を解明することは、土壌生態学、土壌微生物学の重要なテーマである。土壌は極めて複雑な生態系であり、対象とする代謝系や微生物反応だけを抽出して調べることは容易ではない。放射性炭素は、土壌中における炭素動態の過程を追跡する高感度なトレーサー物質として利用されてきた。また、安定同位体炭素は、放射線を放出しないという安全性や自然同位体比(13C/12C)が有機物の起源や代謝過程の特徴を反映するなどの利点から、野外での研究も含め、土壌生態系における炭素循環の研究に広く用いられている(Staddon, 2004)

近年、安定同位体プロービング(Stable Isotope Probing, SIP)法の導入により、実際に物質代謝に関与する微生物群集の解析が盛んに行われてきている (Boschker et al., 1998; Radajewski et al., 2000; Manefield et al., 2002)SIP法とは、安定同位体元素で標識した基質を土壌など環境試料に添加して培養を行い、培養後に微生物の生体成分(核酸[DNA, RNA]、リン脂質脂肪酸[PLFA]、タンパク質など)を抽出・解析することにより、安定同位体を同化した、すなわち添加した基質を資化した微生物の群集を明らかにしようとするものである(村瀬, 2006)。過去20年におけ  分子生物学的手法の発達は、培養法では判明しなかった多様な微生物の存在を明らかにしたが、その機能については必ずしも解明できていなかった。SIP法を活用することにより微生物群集全体から特定の機能を果たす微生物を高感度で検出することが可能となる。これにより、従来までの集積培養法や通常の分子生物学的手法では認識されなかった微生物の物質代謝過程への関与や対象となる化合物を直接利用できない微生物への炭素のフローが解析できるようになり、物質循環と微生物群集とのリンクに関する理解が飛躍的に進みつつある。

 

 

説明: soil's HD:Murase:図1.jpg  

  

  図1SIP法によって研究された水田土壌の炭素代謝

 

 

 湛水、落水を繰り返す水田の土壌は、水分状態に応じて好気的、嫌気的な微生物代謝が進行する特殊な環境である。有機物の供給・分解からメタンの生成・酸化まで、多様な微生物反応を含む水田の炭素循環について、これまで詳細な研究が進められてきた(Kimura et al., 2004)SIP法についても比較的初期の段階から水田土壌の微生物研究に導入されており、現時点で水田は同手法による解析が最も進んだ土壌生態系といえる(図1、表1)。本稿では、水田土壌の種々の炭素循環に関与する微生物の多様性や機能についてSIP法を用いて得られた知見を各手法の特徴を交えて紹介する。

 

 

表1 水田土壌の微生物研究におけるSIP法の適用例

13C標識物質

対象とする物質代謝

 

対象微生物

対象生体成分

研究のポイント・備考

 

文献

わら

植物遺体の分解

細菌、糸状菌

PLFA

わら由来の微生物バイオマス・群集構造の推定

Murase et al. (2006)

わら

植物遺体の分解・メタン生成

細菌、古細菌

RNA

13C標識稲わらのRNA-SIPへの適用

Shrestha et al. (2011)

イネカルス(乾燥)

植物遺体の分解

細菌

DNA

植物遺体のモデルとしてのイネカルスの利用

Lee et al. (2011)

イネカルス(乾燥)

アンモニア酸化菌

アンモニア酸化細菌・古細菌

DNA

多くのアンモニア酸化菌が有機物由来の炭素を利用

Watanabe et al. (2011a)

イネカルス(乾燥)

植物遺体の分解・微生物食物連鎖

バクテリオファージ

DNA

土壌におけるViral loopの存在を示唆

Lee et al. (2012a)

イネカルス(乾燥)

植物遺体の分解

真核微生物

DNA

糸状菌に対するpriming effect

Murase et al. (2012)

イネカルス(新鮮)

イネ脱落細胞の利用

細菌

DNA

苗代期の水稲根根冠細胞の微生物分解を想定

Li et al. (2011)

イネカルス(新鮮)

イネ脱落細胞の利用

細菌

DNA

作付け期の水稲根根冠細胞の微生物分解を想定

Li et al. (2012)

炭酸ガス

光合成産物の利用

細菌、糸状菌

PLFA

水稲根圏の細菌のin situでのSIP

Lu et al. (2004)

炭酸ガス

光合成産物の利用

細菌、糸状菌

PLFA

水稲根圏の細菌・糸状菌のin situでのSIP

Lu et al. (2007)

炭酸ガス

光合成産物の利用

細菌

RNA

水稲根圏の細菌のin situでのSIP

Lu et al. (2006)

炭酸ガス

光合成産物の利用

細菌、糸状菌

PLFA

水稲の遺伝子組み換えが根圏微生物に与える影響

Wu et al. (2009)

炭酸ガス

光合成産物の利用

細菌、糸状菌

PLFA

水分状態が根圏微生物の光合成産物の利用に影響

Yao et al. (2012)

コハク酸

脱窒

細菌、脱窒菌

DNA

NO3-の添加に反応して基質を利用した細菌を解析

Saito et al. (2008)

コハク酸

脱窒(N2O還元)

細菌、脱窒菌

DNA

SIPの解析結果と整合する脱窒菌を分離

Ishii et al. (2011)

酢酸

メタン生成環境下における細菌の酢酸利用

細菌

RNA

微量濃度の基質の連続的供給

Hori et al. (2007)

酢酸

鉄還元菌による酢酸利用

細菌

RNA

鉄化合物の添加に反応して基質を利用した細菌を解析

Hori et al. (2009)

酢酸

高温菌による嫌気的酢酸利用

細菌、古細菌

DNA, RNA

13C標識された群集を経時的に追跡

Liu & Conrad (2010)

酢酸

中温・高温条件における共生系の嫌気的酢酸利用

細菌、古細菌

DNA

2-13C-酢酸を利用したメチル基の代謝の解析

Rui et al. (2011)

ギ酸

ギ酸の嫌気的分解

細菌、真核微生物

DNA

微生物の増殖に対するギ酸の間接的効果

Feng et al. (2012)

ギ酸

明条件でのギ酸の利用

細菌、真核微生物、光合成細菌

DNA

光合成細菌、藻類、糸状菌によるギ酸の利用

Feng et al. (2011)

プロピオン酸

プロピオン酸の嫌気的分解

細菌

RNA

熱力学的境界域におけるSIP法の成功例

Lueders et al. (2004a)

プロピオン酸

プロピオン酸の嫌気的分解

細菌、古細菌

DNA

温度変化が共生系の群集構造に与える影響

Gan et al. (2012)

酪酸

酪酸の嫌気的分解

細菌、古細菌

DNA

メタン生成系における酪酸分解細菌の解析

Liu et al. (2011)

炭酸ガス

水稲根におけるCO2からのメタン生成

古細菌

RNA

採取した水稲根の嫌気培養

Lu et al. (2005)

炭酸ガス

光合成産物からのメタン生成

古細菌

RNA

水稲根圏のメタン生成古細菌のin situでのSIP

Lu & Conrad (2005)

炭酸ガス

CO2からの酢酸生成

細菌、古細菌

RNA

高温・低温条件下での酢酸生成

Liu & Conrad (2011)

グルコース

メタン生成

細菌、メタン生成古細菌

DNA

好気環境下でのメタン生成古細菌の増殖

Watanabe et al. (2011b)

イネカルス(乾燥)

植物遺体の分解

メタン生成古細菌

DNA

好気環境下でのメタン生成古細菌の増殖

Lee et al. (2012b)

メタノール

メタノール資化微生物の解析

細菌、古細菌、糸状菌

DNA, RNA

メタノール資化性菌のほか、糸状菌、原生動物が関与

Lueders et al. (2004b)

メタン

メタン酸化に対する窒素肥料の影響

メタン酸化細菌

PLFA

群集構造がメタン酸化の特性の鍵となる

Mohanty et al. (2006)

メタン

窒素添加にともなうメタン酸化細菌の活性変化

細菌

RNA

尿素の添加によりType Iメタン酸化菌の活性化

Noll et al. (2008)

メタン

根圏でのメタン酸化

メタン酸化細菌

DNA, PLFA

水稲根の好気的培養

Shrestha et al. (2008)

メタン

根圏でのメタン酸化

細菌

RNA, PLFA

圃場におけるSIP法の適用

Qiu et al. (2008)

メタン

メタン酸化と微生物食物連鎖

細菌、真核微生物

RNA

捕食性細菌、原生動物が炭素フローに関与

Murase & Frenzel (2007)

メタン

根圏でのメタン酸化

細菌、メタン酸化細菌

DNA

メタノール資化性菌の関与

Qiu et al. (2009)

メタン

作付け(湛水)期と農閑(落水)期のメタン酸化

メタン酸化細菌

DNA

TypeITypeIIの割合が季節的に変化

Mayumi et al. (2010)

メタン酸化細菌

原生動物による捕食

 

真核微生物

PLFA

メタン酸化細菌の被捕食性が種類によって異なる

 

Murase et al. (2011)

 

 

2.根圏微生物による水稲光合成産物の利用

 

 植物の根から供給される光合成産物の土壌微生物による利用は、陸上生態系の最も基礎的な炭素循環の要素である。水稲による光合成産物の一部は、出穂期以前の生育初期では速やか(1時間以内)に水稲根圏に供給され、根圏微生物に利用される(Lu et al., 2002)。ポット栽培した水稲に13C標識したCO2を取り込ませ、根圏土壌のPLFAの組成と13Cの取り込みを調べたところ、水稲の生育にともないPLFAへの13Cの負荷率が上昇することが示された。また、直鎖型PLFA、特に16:1ω9, 18:1ω7, 18:1ω9などのモノ不飽和PLFAやポリ不飽和PLFA(18:2ω6,9)13C負荷率が分枝型PLFAに比べて高く(Lu et al., 2004; Lu et al., 2007)、水稲根から供給される光合成産物の利用に、グラム陰性細菌やClostridiumなどの嫌気性のグラム陽性細菌および真核微生物(糸状菌)が関与していると推察された。PLFA13C標識によって認識される根圏効果の範囲は、根から2cm付近にまで及ぶことが示されている(Lu et al., 2007)

根圏微生物による光合成産物の利用は、水田土壌の水分状態の影響を受ける。常時湛水で水稲を栽培した場合には、非湛水(最大容水量の80%)で栽培したときより根量が増えるが、光合成産物に由来するPLFAの量は非湛水よりも少なくなった。また、13C標識されたPLFAの組成にも違いが認められ、湛水状態では16:1ω7, 18:1ω7への13Cの取り込みが高く,非湛水状態では16:0,18:2ω6,9への取り込みが高くなった(Yao et al., 2012)。また、水稲の遺伝子組み換えは根圏への光合成産物の供給や光合成産物を利用する根圏微生物群集に影響を与えないことが、PLFA-SIP法により示されている(Wu et al., 2009)

水稲光合成産物を利用した根圏土壌の細菌群集をRNA-SIPによって解析したところ、Azospirillumに近縁なAlphaproteobacteria, Burkholderiaに近縁なBetaproteobaceriaおよびPseudomonasに近縁なGammaproteobacteriaが水稲根から供給される有機物を利用していることが示された(Lu et al., 2006)

 Li et al. (2011)は、根圏土壌へ供給される根冠細胞のモデル物質として、13C標識したイネカルスを水田土壌に添加して好気的条件で培養を行い、DNA-SIP法によってイネカルス由来の炭素を利用する細菌群集の解析を行った。その結果、Alphaproteobacteria, Betaproteobaceria, Gammaproteobacteriaに加えてSphingobacteria, Actinobacteriaが新たに検出された。一方、同様の培養実験を嫌気条件で行った場合、イネカルスを利用する微生物群集は大きく異なっており、Anaeromyxobacterに近縁なDeltaproteobacteriaClostridiumに近縁なFirmicutesおよびGeothrixHolophagaに近縁なAcidobacteriaなどの嫌気性菌がイネカルスを利用していることが示された(Li et al., 2012)

 

 

3.植物遺体の分解・利用に関わる微生物群集

 

植物遺体は土壌に供給される主要な有機物である。特に、稲わらの農地還元は、地力の維持向上に重要であると考えられており、水田土壌に還元された稲わらの分解とそれに関わる微生物群集の解析について多くの研究がある(Tun & Kimura, 2000; Weber et al., 2001a,b; Sugano et al., 2005a,b, 2007)。しかしながら、それらのほとんどは、「稲わらに付着(生息)する微生物=稲わらを分解する微生物」という認識のもと、土壌から回収後洗浄して土壌粒子を除いた稲わらを対象として顕微鏡観察あるいは核酸抽出後分子生物学的手法によって微生物を観察・解析した結果を報告している。この方法だと、稲わら分解と付着微生物の機能との直接的な関係は必ずしも明確ではないし、洗浄によって容易に脱離する微生物や稲わらには生息しないが稲わら由来の炭素を利用する微生物(Glissmann et al., 2001)は研究の対象とならない。

 Murase et al. (2006)は、13CO2を付加して栽培した水稲体を収穫期に採取した13C標識稲わらを利用して、湛水状態の水田土壌で稲わらの分解に関わる微生物のバイオマスと群集構造をPLFA-SIP法で解析した。稲わらの13C標識レベルは 13C/12C=0.0133と非常に僅かであったが、質量分析計を用いるPLFA-SIPの解析には利用可能なレベルである。PLFAの炭素安定同位体比の分析により、稲わらを1haあたり6tのレベル(6 g kg-1)で湛水土壌に添加した場合、土壌微生物バイオマスの3040%が稲わら由来の炭素によりラベルされることが示された。また、稲わら炭素を由来とするPLFAはモノ不飽和型, 分枝型の比率が高く、もともとのPLFAの組成とは大きく異なっていた。土壌間隙水に生息する微生物も2040%が稲わら炭素を同化したバイオマスからなっており、物理的に稲わらから離れた微生物も稲わら炭素を利用していることが示唆された。稲わら由来の炭素でラベルされたPLFAの組成は、土壌間隙水と土壌全体とでは異なっていた。このように増殖した微生物の炭素の起源を区別できるのは、SIP法の最も特徴的な長所である。PLFA-SIP法では微生物の分類に関する情報量はDNA, RNA-SIPに劣るが、測定感度が高く、炭素循環における微生物群集へのストックとフローに関する定量的なデータが得られる長所がある。

 DNA-SIP, RNA-SIPに利用できる炭素化合物の13C標識レベルは、13C含量で20%13C/12C0.25)以上が必要とされている。Lee et al. (2011)は、13Cグルコースを用いてカルス栽培を行い、高濃度(80%)13Cで標識されたイネの細胞を調整した。これを乾燥後、植物遺体(稲わら)のモデル物質として落水状態の水田土壌でカルス由来の炭素を利用する細菌群集の解析を行った。その結果、カルスの添加によって増殖する細菌群集は全体の一部であり、カルスを直接利用する細菌と、カルス添加によって間接的に土壌有機物の利用が促進されるpriming effectによって増殖する細菌がいることが示された。カルスを利用した細菌の分類群は、多岐にわたっており、カルス分解の時期によって群集も変化した。根圏における光合成産物の利用に関与していなかったグループもカルスを利用することが示された。またカルス由来の炭素を、アンモニア酸化細菌(Nitrosospira)アンモニア酸化古細菌も利用していることが示された(Watanabe et al., 2011)。同じ試料について真核微生物群集の解析を行ったところ、培養初期にカルスを利用して増殖した群集(主に糸状菌)が次第に土壌有機物も利用するようになり、結果として群集全体がカルス添加によって大きく変化することが示された(Murase et al., 2012)。さらに細菌、真核微生物に加えて、13Cで標識されたDNAからバクテリオファージのカプシドタンパクをコードする遺伝子が検出され、土壌生態系における有機物−細菌−バクテリオファージと続く微生物食物連鎖の炭素フローが初めて実証された(Lee et al., 2012a)

 高濃度の13Cで標識した稲わら試料を用いた研究も報告されている。Shrestha et al. (2011)は、5週間13CO2を付加して水稲を栽培することによって得られた稲わらを利用したマイクロコズム実験を行い、水稲根圏土壌および根面で稲わら由来の炭素を利用する細菌群集をRNA-SIP 法で解析した。その結果、Clostridiumが優占的に稲わらを利用しており、加えて根面ではProteobacteria, Bacilli, Actinobacteria, BacteroidetesおよびChlorobiが稲わらを利用していることが明らかとなった。

 SIP法によって稲わら・植物遺体の分解・利用に関与することが示された主な細菌は、根圏における光合成産物や脱落細胞の分解・利用を利用する細菌に比べ、その分類群が多岐にわたっていると考えられる(表2)。Lee et al. (2011)およびLi et al. (2011)は、もともと同じ方法で作成したイネカルスを基質として利用しているにも関わらず、乾燥、粉砕したカルスは、分散した生細胞として添加したカルスに比べて多様な細菌に利用される傾向にあった。このような前処理が利用する細菌群集に影響を与えた原因は今のところ明らかになっていないが、植物体の生死および形状が土壌微生物による利用性に影響する可能性を示唆しているという点で興味深い。

 

 

表2 SIP法によって検出された水稲光合成産物および稲わらを利用する主な細菌群集

Phylum

Subphylum

水稲光合成産物

わら

Lu et al.
(2006)

Li et al.
(2011)
*

Li et al.
(2012)
*

 

Lee et al.
(2011)
*

Shrestha et al.
(2008)

Acidobacteria

+

+

Actinobacteria

+

+

+

Bacteroidetes/Chlorobi

Bacteroidetes

+

+

Chlorobia

+

Sphingobacteria

+

Chloroflexi

+

Cyanobacteria

Firmicutes

Bacilli

+

+

Clostridia

+

+

+

+

Gemmatimonadetes

+

Nitrospirae

Proteobacteria

Alpha

+

+

+

Beta

+

+

+

Gamma

+

+

+

 

Delta

 

 

+

 

 

+

*イネカルスおよびその乾燥物を水稲光合成産物・稲わらのモデル物質として利用

 

 

4.有機物の嫌気的代謝過程に関わる微生物

 

1) 脱窒

 水田土壌における脱窒は古くから知られている現象であるが、脱窒能を有する微生物は多岐にわたっており、実際に脱窒に関与する微生物については明らかとなっていなかった。Saito et al. (2008)は、13C標識したコハク酸を硝酸イオンとともに水田土壌のスラリーに添加し、24時間嫌気培養を行った後でDNA-SIP法によってコハク酸を利用した脱窒菌群を解析した。硝酸イオンの添加に反応して13Cを取り込んだ16S rRNA遺伝子および脱窒酵素遺伝子(nir S, nir K)DGGE解析、クローン解析を行った結果、BetaproteobacteriaBurkholderialesおよび Rhodocyclales目がコハク酸を使って脱窒を行う優占グループであることが示唆された。このうちRhodocyclales目のグループには新規の脱窒菌が含まれていた。脱窒の中間代謝産物であるN2Oを還元する微生物についても解析が進められ、同じくBurkholderialesRhodocyclales目がコハク酸を利用してN2O還元を行っていることが示された(Ishii et al., 2011)

 

2) 酢酸を利用する鉄還元菌

 嫌気的な有機物分解過程の中間代謝産物となる各種有機酸(乳酸、酪酸、プロピオン酸、酢酸)は、通常分解過程の初期を除いていずれも低い濃度で存在している。これは熱力学的な平衡によって各有機酸の生成と消費がバランスしているためだと考えられている(Schink, 1997)13C標識化合物を試料に添加するSIP法は、このような低濃度の化合物を利用する微生物の解析には当初不向きだと考えられた。しかしながら、Hori et al. (2007)は、13C標識した酢酸をごく少量ずつ嫌気培養中の水田土壌に連続的に加えることにより、メタン生成過程にある水田土壌で低濃度(<500μM)の酢酸を競合的に利用する細菌群集のRNA-SIPによる解析を行った。その結果、鉄還元菌として知られるGeobacterおよびAnaeromyxobacter13C酢酸を利用していることが明らかとなった。一般的な逐次還元過程の理解では、メタン生成の段階で鉄還元に利用される酸化鉄はほとんど存在しないと考えられるが、上記の結果から、メタン生成環境下においても利用性の低い結晶性の酸化鉄が鉄還元菌によって少しずつ還元されるのではないかと想定された。その仮説を検証するため、Hori et al. (2009)は、メタン生成過程にある水田土壌に結晶性の異なる鉄酸化物(結晶性の低いフェリハイドライトと結晶性の高いゲータイト)を13C標識した酢酸とともに添加し、添加した鉄の還元過程と酢酸を利用する微生物群集の関係を解析した。フェリハイドライトを添加した場合には速やか(4872時間以内)なメタン生成の抑制とFe(II)の生成が起こったが、ゲータイトを添加した場合にはメタン生成の低下もFe(II)の生成も検出されなかった。鉄化合物を添加しない場合に13Cを取り込んだ細菌群集との比較から、鉄還元とリンクした酢酸由来の13Cの細菌への取り込みを解析した。鉄還元にともなう細菌への13Cの取り込みは、フェリハイドライトを添加した場合に明瞭に認められ、さらにゲータイトを添加した場合にも、程度は低いものの、細菌への13Cの取り込みが確認された。T-RFLP、クローン解析の結果、フェリハイドライトを添加した土壌では、先の結果(Hori et al., 2007)と同様にGeobacterおよびAnaeromyxobacter が主に酢酸を主に利用していることが確認された。ゲータイトを添加した土壌では、それに加えて新規のBetaproteobacteriaが酢酸を利用していることが示された。鉄化合物を加えない土壌ではこれらのグループによる13Cの取り込みは認められなかったことから、化学分析では検出できないレベルでゲータイトの還元が起こっている可能性が示唆された。この結果は、微生物の解析結果から新たな物質代謝の存在を示唆したという点で、SIP法の新たな展開を示した貴重な知見といえる。

 

3) 有機酸の代謝 

<プロピオン酸・酪酸>

 湛水状態の水田土壌における嫌気的な有機物分解は、高分子化合物の加水分解、モノマーからの有機酸の生成、酢酸・水素の生成およびメタン生成の4つの過程からなっており、異なる微生物群が協調的にはたらいて進行する。有機酸から酢酸を生成する反応から得られるエネルギーは小さく、微生物の増殖効率も低いため、核酸への一定レベルの13Cの取り込みが必要なSIP法の適用は難しいと考えられていた。しなしながらが、Lueders et al. (2004a)は、必ずしも微生物の増殖(=DNAの複製)が必要とされないRNA-SIP法により、メタン生成の中間代謝物として重要なプロピオン酸を利用する細菌群集の解析を試みた。その際、非対象微生物の13C標識 (Cross feeding)を防ぐため、プロピオン酸の代謝の過程で生成した13CO2をアルカリ溶液に吸収させている。解析の結果、共生細菌として知られるSytrophobacterSmithellaのほか、新規と考えられるPelotomaculumがプロピオン酸からのメタン生成に関わる共生細菌であることが示された。本研究は、増殖効率の低い嫌気性細菌の解析にもSIP法が適応可能であることを示した初めての例として特筆される。中国の水田土壌でも同様の結果が得られるとともに、実際に機能する共生系微生物群集が温度の影響を受けることが示唆されている(Gan et al., 2012)。また、酪酸からメタンを生成する共生系についても解析が行われ、共生細菌としてSyntrophomonadaceaeが酪酸の分解を行っていることが示唆されている(Liu et al., 2011)

 

<酢酸>

 水田土壌を高温条件(50oC)で嫌気培養すると、一時的に酢酸が蓄積するにも関わらず、CO2還元によるメタン生成が卓越し、H2CO2を基質とするメタン生成古細菌(Rice cluster I [RC-I]、現在ではMethanocellales)が集積する (Erkel et al., 2005)Liu & Conrad (2010)は、高温条件(50oC)でメタンを生成する水田土壌において13C標識酢酸の代謝経路とその代謝に関わる微生物群を解析した。その結果、Methanocellaと共生し酢酸をH2CO2に分解する高温性細菌を含む共生細菌(Symbiobacterium, Thermoanaerobacteriaceae)の存在が明らかとなった。また、Methanosarcinaが酢酸から一部メタンを生成していることや酢酸からプロピオン酸が生成されることを示した。Rui et al. (2011)も高温条件(50oC)で嫌気培養した中国の水田土壌について、同様のグループからなる共生系による酢酸分解とメタン生成を観察している。

 H2CO2からの酢酸合成は、メタン生成に比べて得られるエネルギーが少ないため、多くの嫌気環境では、酢酸合成よりメタン生成が卓越するが、水素の分圧が高いときや低温条件では酢酸合成が重要な炭素循環のプロセスとなる可能性がある(Conrad et al., 1989)。一方、高温条件で酢酸を分解するThermoanaerobacteriaceaeが酢酸分解の逆反応を担っている可能性も考えられる。Liu & Conrad (2011)は、低温(15) 高温(50)で水田土壌を嫌気的に培養し、13CO2からの酢酸生成とそれに関与する微生物の探索を行った。その結果、低温条件では継続的に13C酢酸が生成し、土壌に水素を添加した場合はClostridium Cluster Iが、水素を添加しない場合は未培養のPeptococcaceaeが主に酢酸を生成していることが示された。一方、高温条件で水素を添加した場合、Acidobacteriaceaeの他、酢酸分解菌であるThermoanaerobacteriaceaeが酢酸を生成していることが示唆された。なお、メタン生成古細菌については、低温条件でRice Cluster IIIMethanocellalesが、高温条件でMethanocellalesMethanobacteriaceaeが優占して13Cを同化していた。

 

<ギ酸>

 Feng et al. (2012)は、ギ酸を添加して水田土壌を嫌気的に暗培養し、Clostridiaに加えて紅色非イオウ細菌によるギ酸の利用を明らかにした。また、ギ酸添加の間接的な効果により活性化した細菌・真核微生物が土壌有機物を利用して増殖することを示した。またFeng et al. (2011)は明条件・嫌気雰囲気下で紅色非イオウ細菌やシアノバクテリア、緑藻および糸状菌がギ酸を利用することを示した。

 

4) メタン生成古細菌

<水稲根圏におけるメタン生成>

 最高分げつ期以降嫌気的となった水稲根圏は、メタン生成が最も活発に起こる場所であり、13Cトレーサー法によって、水田からのメタン放出の80-85%が根圏で生成されたメタンが起源と推定されている(Watanabe et al., 1999)。光合成によって取り込まれた炭素の一部は速やかに根へと輸送され、2時間以内にメタンに変換される(Minoda et al., 1996)Lu et al. (2005)は、100日間栽培した水稲の根を採取し、13CO2を含む緩衝液中で嫌気培養し、13Cで標識されたメタン生成古細菌の16S rRNA遺伝子を解析した。メタンの炭素自然安定同位体比からこの時期の水稲根では、H2-CO2を基質としたメタンが卓越すると推定されているが、DNA-SIP法により、Methanosarcinaceae科とMethanocellales目(RC-I)が活発に生育していることが示された。緩衝液を炭酸塩からリン酸塩に変更したり、培地に水素を添加するとMethanocellalesの優占度が急激に低下したことから、培養条件によって活性を持ったメタン生成古細菌群集が変化してしまう可能性が危惧された。そこで、Lu & Conrad (2005)はポット栽培した水稲に13CO2を取り込ませ、水稲根圏で活発にメタン生成を行うメタン生成古細菌をin situで標識することに初めて成功した。13Cを取り込んだメタン生成古細菌の優占種は群集全体の中でも優占種であるMethanosarcinaであったが、Methanocellalesの優占度が群集全体の優占度と比較して顕著に上昇しており、同グループが根圏で重要な役割を果たしていることが示された。

 

<稲わら分解にともなうメタン生成>

 Shrestha et al. (2011)13C標識した稲わらを加えたマイクロコズム土壌で水稲を生育し、根圏土壌で稲わら由来の炭素からのメタン生成に関与するメタン生成古細菌群集をRNA-SIP法により解析した。Methanosarcina, Methanobacteriaceaeのメタン生成古細菌が13Cで標識された主なメタン生成古細菌として検出された。クローンライブラリーの結果から、水稲根で活発にメタン生成を行うことが示されているMethanocellalesは、稲わらのからのメタン生成にはそれほど関与していないと判断された。

 

<落水条件の水田土壌におけるメタン生成古細菌の増殖>

 DNA-SIPの適用によって、土壌全体では正味のメタン発生がないと考えられる落水状態の水田土壌においてもメタン生成古細菌が活動していることが示唆されている。Watanabe et al. (2011b)は、水分含量を最大容水量の60%に調整した水田土壌に13C標識したグルコースを5g kg-1の濃度で加えて好気条件で培養した。グルコースの添加によるメタン生成古細菌群集全体の変化はなかったが、一時的(培養12週間の間)で標識のレベルは僅かではあったものの、明確に13C標識されたメタン生成古細菌の16S rDNAが検出された。13Cを同化したメタン生成古細菌として、対象とした土壌に普遍的に存在するグループであるMethanosarcinales, MethanobacterialesおよびMethanocellalesが確認された。絶対嫌気性菌であるClostridiumAnaerobacterに近縁な細菌も13Cを同化しており、好気条件の土壌中でも部分的に嫌気的な有機物代謝が行われていることが示された。乾燥したイネカルスを添加した場合にも好気条件で培養した水田土壌におけるメタン生成古細菌の増殖が確認されている(Lee et al., 2012b)

 

5) メタン・メタノール酸化

水田はメタンの主要な発生源の1つであるが、水田土壌で生成されたメタンのうち大気へ放出される割合は20程度であり、大半は土壌表層や好気的な根圏で酸化されると考えられている(Reeburgh, 2003)。そのため、水田土壌におけるメタン酸化活性やメタン酸化細菌群集の特徴、およびそれらに与える環境要因の影響について詳細に研究されてきた(Kimura et al., 2004; Conrad, 2007)。好気的なメタン酸化細菌は、細胞内部構造や細胞膜の組成,進化系統、代謝経路の違いから、Gammaproteobacteriaに属するType IAlphaproteobacteriaに属するType II2つのグループに大別される(Hanson & Hanson, 1996)。それぞれのグループは各プロテオバクテリア群の中で単系統を示すため、メタン酸化細菌の多様性や群集構成を把握するために16S rRNA遺伝子が利用可能である。また、両グループのメタン酸化細菌は,特徴的なPLFAを持っており、両グループを分類するバイオマーカーとして用いられる(Hanson & Hanson, 1996)。加えて、メタン酸化の初発の酵素であるメタンモノオキシゲナーゼのうち、ほとんどのメタン酸化細菌が持つPMMO(particulate methane monooxigenase)αサブユニットをコードするpmoA遺伝子を対象とした土壌中のメタン酸化細菌群集の解析は、SIP法開発のモデルでもあり(Boschker et al., 1998; Radajewski et al., 2000)、水田土壌のメタン生成細菌の生態解明のためにSIP法が広く用いられている

 環境中でのメタン酸化は、アンモニアや硝酸などの無機窒素の影響を受けるが、無機窒素の添加がメタン酸化を促進する場合と阻害する場合とがあり、統一的な理解がされていなかった。Mohanty et al. (2006)は、PLFA-SIP法により水田土壌で実際に働いているメタン酸化細菌の群集を解析し、窒素肥料(NH4Cl, KNO3)の影響を検討した。その結果、窒素肥料の添加は土壌のメタン酸化活性を増大させたが、Type IIのメタン酸化細菌の13Cの取り込みを阻害することが明らかとなった。同様の結果がRNA-SIP法によっても確認された(Noll et al., 2008)。尿素の施用によりメタン酸化活性が向上した水田土壌では、多様なメタン酸化細菌が存在する中で、一部のType I(Methylomicrobium, Methylocaldum)メタン酸化細菌のみが、13C標識されていた。以上のことから、窒素添加の影響が環境あるいは試料によって異なるのは、メタン酸化細菌群集構造の違いに起因すると推察した。Mayumi et al. (2010)は、水稲作付け期の湛水土壌と農閑期の落水土壌をスラリー培養してメタンを利用する微生物群集を解析し、湛水期の土壌ではType IIが優占的にメタンを酸化するが、落水期の土壌ではType Iの寄与率が著しく高まることを報告している。

 水稲根圏におけるメタン酸化細菌群集の解析にもSIP法が適応されている。Shrestha et al. (2008)は、ポットで栽培した水稲の根圏に13C標識メタンの飽和水を供給し、メタン酸化活性とメタン酸化細菌群集の解析を行った。818日間のラベル実験の結果、メタン酸化細菌に特異的なPLFApmoA遺伝子が13C標識され、Type I(特にMethylomonas)のメタン酸化菌がより活発に13Cの利用に関与していることが明らかとなった。また、Qiu et al. (2008)は、水稲根圏におけるメタン酸化とメタン酸化細菌群集の解析に圃場レベルでのSIP法を初めて適用した。13C標識されたメタンを、水稲を覆ったチャンバー内に加えて、水稲体を経由して(すなわちメタン放出経路を逆流させて)根圏にメタンを供給した。4時間×7日間のラベリングの後に根圏土壌を採取し、13Cを同化したPLFARNAを解析した。その結果、先の研究と同様、Type IType IIともに13Cを同化しており、Type Iのメタン酸化菌がより活発に13Cの利用に関与していることを示した。

 メタンを直接酸化利用できるのはメタン酸化細菌だけだと考えられているが、Murase & Frenzel (2007)は、13C標識したメタンを使ったRNA-SIP法によって、メタン由来の炭素を利用するメタン酸化細菌以外の細菌や真核微生物を解析した。ユニバーサルプライマーを用いて13Cを同化した16Sおよび18S rRNAの組成を解析したところ、メタン酸化細菌以外にMyxobacteriaや原生動物(繊毛虫、べん毛虫、アメーバ)が検出され、これらはいずれも細菌捕食性を有することから、メタン酸化細菌を捕食したものと考えられた。このことから、嫌気的な有機物分解の最終代謝産物であるメタンが、好気環境に移動すると微生物の食物連鎖を駆動する炭素源となることが示唆された。また、13Cで標識したメタン酸化細菌を水田土壌に接種するPLFA-SIP法によって、原生動物が速やか(24時間以内)にメタン酸化細菌を捕食することやメタン酸化細菌の種類によって捕食される程度が異なることが示された(Murase & Frenzel, 2008; Murase et al., 2011)Qiu et al. (2009)は、採取した水稲根を13C標識メタンとともに920日間培養し、メタノール資化性菌Methylophilalesが間接的にメタンを利用することを報告している。Lueders et al. (2004)は、好気的な水田土壌に気化した13C標識メタノールを加えて培養を行い、メタノールを利用した細菌、古細菌、糸状菌群集を解析した。細菌ではメタノール資化性菌MethylobacteriaceaeMethylophilaceaeが主にメタノールを利用していたが、古細菌によるメタノールの利用は検出されなかった。糸状菌のなかではFusariumに近縁を示すグループが主にメタノールを利用していた。また、糸状菌群集の解析で本来対象には入っていなかったべん毛虫(Cercozoa)が、メタノール由来の炭素を同化していることが明らかとなり、メタノールを介した微生物食物連鎖が機能していることが示唆された。

 

 

5.おわりに

 

 以上、SIP法を用いた水田土壌の炭素循環とそれに関わる微生物群集の研究事例を紹介した。上述のように、水田土壌における炭素循環の多様性を象徴して様々なアプローチで解析が進められ、これまで認識されていなかった炭素循環や微生物が新たに確認されるとともに、水田土壌微生物の多様性や機能に関する多くの知見が得られた。SIP法の導入は、水田土壌微生物の疑問に対する解答を与えるとともに新たな課題を提示する、1つの転換期をもたらしたと言える。

水田土壌の多様な課題への応用は、SIP法の可能性を探るチャレンジでもあり、それらは以下のように整理できる。

<炭素源>無機態炭素としては最も酸化的なCO2から最も還元的なCH4まで、有機態炭素としては、最も単純なグルコース、有機酸から、複雑な光合成産物や微生物バイオマスなど、極めて幅広い13C標識物質が使用されている。基質濃度についても、当初はかなり高濃度の基質が要求されると考えられていたが、in situでの水稲根圏のメタン生成古細菌による水稲光合成産物の同化実験(Lu & Conrad, 2005)など、「やってみたら意外と成功した(Lu, 私信)」という事例もある。

<培養法>SIP法は、その性質上、必ず一定期間の培養が必要となる。上記で紹介した研究例でも室内培養実験から圃場レベルの実験まで幅広いアプローチが取られている。また、脱窒菌(Saito et al., 2008; Ishii et al., 2011)あるいは鉄還元菌(Hori et al., 2009)の解析には、集積培養とはまた異なるアプローチで、対象とする代謝過程に焦点をあてるような巧妙な培養条件を創出している。

<対象微生物>基質の種類と解析対象となる微生物(プライマーセット)の組み合わせが多様になってきた。SIP法の開発当初は、限定的な基質と使った特殊な機能を持つ微生物群集に焦点が当てられていたが、広範な微生物が利用可能な基質も用いられるようになり、cross feedingを積極的に利用して炭素フローに関わる微生物群集の解析にも応用されている。今後は、SIPメタゲノム(Chen & Murrell 2010)など、PCRを介さない大量シークエンスによって微生物機能のネットワークがさらに詳細に解明されることが期待される。

 

 核酸(DNA, RNA)を対象としたSIP法の最大のデメリットは、1つの土壌試料あたりに分析すべきサンプルが非常に多くなる傾向にあることである。多くの事例で示されているように、核酸の炭素が完全に13Cで標識されないような場合、13C標識物質を加えて培養した土壌から抽出した核酸を密度勾配遠心分離によって10以上の画分に分画し、得られた解析結果非標識物質加えた対照実験と比較することで初めて13Cの核酸への取り込みが示される。そのため、1つのデータを得るために分析が必要なサンプル数は20以上となる。したがって、SIP法を用いたこれまでの研究の多くは、土壌の種類、水稲の品種、培養日数、反復数などの点で非常に限られた条件で実験が行われている。今後これらの知見をもとに、他の手法も導入しつつ、更なる検証、研究が必要であると考えられる。

 

 

要旨

 安定同位体プロービング(SIP)法は、土壌微生物の機能と系統分類をつなぐ強力なツールである。湛水水田土壌ではその環境を反映した特徴的な微生物代謝が進行しており、各代謝過程に関与する微生物群集のSIP法による解析が精力的に進められてきた。本稿では、水田土壌の微生物研究におけるSIP法の適用例とその成果を取りまとめた。使用する基質の多様化や培養条件の検討によって、様々な場面でSIP法の有効性が示され、これまでに、水稲根から供給される光合成有機物の利用、植物遺体の分解、脱窒、鉄還元、嫌気的微生物代謝における有機酸の代謝、メタン生成、メタン酸化に関わる微生物群集が解析された。SIP法により特定の微生物の機能が実証されたほか、新規の微生物の関与や新たな微生物代謝の存在も明らかとなった。また、基質をめぐる微生物の共生関係や微生物食物連鎖など、微生物間の相互作用と炭素循環との関係もSIP法によって示された。

 

 

引用文献

 

Boschker HTS, Nold SC, Wellsbury P, et al. (1998) Direct linking of microbial populations to specific biogeochemical processes by 13C-labelling of biomarkers. Nature 392: 801-805.

Chen Y & Murrell JC (2010) When metagenomics meets stable-isotope probing: progress and perspectives. Trends Microbiol 18: 157-163.

Conrad R (2007) Microbial ecology of methanogens and methanotrophs. Adv Agron 96: 1-63.

Conrad R, Bak F, Seitz HJ, Thebrath B, Mayer HP & Schütz H (1989) Hydrogen Turnover by Psychrotrophic Homoacetogenic and Mesophilic Methanogenic Bacteria in Anoxic Paddy Soil and Lake Sediment. FEMS Microbiol Ecol 62: 285-294.

Erkel C, Kemnitz D, Kube M, et al. (2005) Retrieval of first genome data for rice cluster I methanogens by a combination of cultivation and molecular techniques. FEMS Microbiol Ecol 53: 187-204.

Feng YZ, Lin XG, Zhu JG & Jia ZJ (2011) A phototrophy-driven microbial food web in a rice soil. J Soil Sediment 11: 301-311.

Feng YZ, Lin XG, Jia ZJ & Zhu JG (2012) Identification of formate-metabolizing bacteria in paddy soil by DNA-based stable isotope probing. Soil Sci Soc Am J 76: 121-129.

Gan YL, Qiu QF, Liu PF, Rui JP & Lu YH (2012) Syntrophic oxidation of propionate in rice field soil at 15 and 30 oC under methanogenic conditions. Appl Environ Microbiol 78: 4923-4932.

Glissmann K, Weber S & Conrad R (2001) Localization of processes involved in methanogenic in degradation of rice straw in anoxic paddy soil. Environ Microbiol 3: 502-511.

Hanson RS & Hanson TE (1996) Methanotrophic bacteria. Microbiol Rev 60: 439-471.

Hori T, Noll M, Igarashi Y, Friedrich MW & Conrad R (2007) Identification of acetate-assimilating microorganisms under methanogenic conditions in anoxic rice field soil by comparative stable isotope probing of RNA. Appl Environ Microbiol 73: 101-109.

Hori T, Muller A, Igarashi Y, Conrad R & Friedrich MW (2009) Identification of iron-reducing microorganisms in anoxic rice paddy soil by 13C-acetate probing. ISME J 4: 267-278.

Ishii S, Ohno H, Tsuboi M, Otsuka S & Senoo K (2011) Identification and isolation of active N2O reducers in rice paddy soil. ISME J 5: 1936-1945.

Kimura M, Murase J & Lu YH (2004) Carbon cycling in rice field ecosystems in the context of input, decomposition and translocation of organic materials and the fates of their end products (CO2 and CH4). Soil Biol Biochem 36: 1399-1416.

Lee CG, Watanabe T, Fujita Y, Asakawa S & Kimura M (2012a) Heterotrophic growth of cyanobacteria and phage-mediated microbial loop in soil: Examination by stable isotope probing (SIP) method. Soil Sci Plant Nutr 58: 161-168.

Lee CG, Watanabe T, Murase J, Asakawa S & Kimura M (2012b) Growth of methanogens in an oxic soil microcosm: Elucidation by a DNA-SIP experiment using 13C-labeled dried rice callus. Appl Soil Ecol 58: 37-44.

Lee CG, Watanabe T, Sato Y, Murase J, Asakawa S & Kimura M (2011) Bacterial populations assimilating carbon from 13C-labeled plant residue in soil: analysis by a DNA-SIP approach. Soil Biol Biochem 43: 814-822.

Li Y, Watanabe T, Asakawa S & Kimura M (2012) Bacterial communities that decompose root cap cells in an anaerobic soil: estimation by DNA-SIP method using rice plant callus cells. Soil Sci Plant Nutr 58: 297-308.

Li Y, Lee CG, Watanabe T, Murase J, Asakawa S & Kimura M (2011) Identification of microbial communities that assimilate substrate from root cap cells in an aerobic soil using a DNA-SIP approach. Soil Biol Biochem 43: 1928-1935.

Liu FH & Conrad R (2010) Thermoanaerobacteriaceae oxidize acetate in methanogenic rice field soil at 50 oC. Environ Microbiol 12: 2341-2354.

Liu FH & Conrad R (2011) Chemolithotrophic acetogenic H2/CO2 utilization in Italian rice field soil. ISME J 5: 1526-1539.

Liu PF, Qiu QF & Lu YH (2011) Syntrophomonadaceae-affiliated species as active butyrate-utilizing syntrophs in paddy field soil. Appl Environ Microbiol 77: 3884-3887.

Lu Y, Rosencrantz D, Liesack W & Conrad R (2006) Structure and activity of bacterial community inhabiting rice roots and the rhizosphere. Environ Microbiol 8: 1351-1360.

Lu YH & Conrad R (2005) In situ stable isotope probing of methanogenic archaea in the rice rhizosphere. Science 309: 1088-1090.

Lu YH, Watanabe A & Kimura M (2002) Input and distribution of photosynthesized carbon in a flooded rice soil. Global Biogeochem Cy 16.

Lu YH, Lueders T, Friedrich MW & Conrad R (2005) Detecting active methanogenic populations on rice roots using stable isotope probing. Environ Microbiol 7: 326-336.

Lu YH, Murase J, Watanabe A, Sugimoto A & Kimura M (2004) Linking microbial community dynamics to rhizosphere carbon flow in a wetland rice soil. FEMS Microbiol Ecol 48: 179-186.

Lu YH, Abraham W-R & Conrad R (2007) Spatial variation of active microbiota in the rice rhizosphere revealed by in situ stable isotope probing of phospholipid acids. Environ Microbiol 9: 474-481.

Lueders T, Pommerenke B & Friedrich MW (2004a) Stable-isotope probing of microorganisms thriving at thermodynamic limits: Syntrophic propionate oxidation in flooded soil. Appl Environ Microbiol 70: 5778-5786.

Lueders T, Wagner B, Claus P & Friedrich MW (2004b) Stable isotope probing of rRNA and DNA reveals a dynamic methylotroph community and trophic interactions with fungi and protozoa in oxic rice field soil. Environ Microbiol 6: 60-72.

Manefield M, Whiteley AS, Griffiths RI & Bailey MJ (2002) RNA stable isotope probing, a novel means of linking microbial community function to phylogeny. Appl Environ Microbiol 68: 5367-5373.

Mayumi D, Yoshimoto T, Uchiyama H, Nomura N & Nakajima-Kambe T (2010) Seasonal change in methanotrophic diversity and populations in a rice field soil assessed by DNA-stable isotope probing and quantitative real-time PCR. Microbes Environ 25: 156-163.

Minoda T, Kimura M & Wada E (1996) Photosynthates as dominant source of CH4 and CO2 in soil water and CH4 emitted to the atmosphere from paddy fields. J Geophys Res-Atmos 101: 21091-21097.

Mohanty SR, Bodelier PLE, Floris V & Conrad R (2006) Differential effects of nitrogenous fertilizers on methane-consuming microbes in rice field and forest soils. Appl Environ Microbiol 72: 1346-1354.

村瀬 (2006) 土壌の遺伝子・遺伝子情報・・・何ができるのか何が分かるのか 9. 土壌DNAの利用新しい研究法その2Stable Isotope Probing. 土肥誌 77: 231-234.

Murase J & Frenzel P (2007) A methane-driven microbial food web in a wetland rice soil. Environ Microbiol 9: 3025-3034.

Murase J & Frenzel P (2008) Selective grazing of methanotrophs by protozoa in a rice field soil. FEMS Microbiol Ecol 65: 408-414.

Murase J, Hordijk K, Tayasu I & Bodelier PLE (2011) Strain-specific incorporation of methanotrophic biomass into eukaryotic grazers in a rice field soil revealed by PLFA-SIP. FEMS Microbiol Ecol 75: 284-290.

Murase J, Matsui Y, Katoh M, Sugimoto A & Kimura M (2006) Incorporation of 13C-labeled rice-straw-derived carbon into microbial communities in submerged rice field soil and percolating water. Soil Biol Biochem 38: 3483-3491.

Murase J, Shibata M, Lee CG, Watanabe T, Asakawa S & Kimura M (2012) Incorporation of plant residue-derived carbon into the microeukaryotic community in a rice field soil revealed by DNA stable-isotope probing. FEMS Microbiol Ecol 79: 371-379.

Noll M, Frenzel P & Conrad R (2008) Selective stimulation of type I methanotrophs in a rice paddy soil by urea fertilization revealed by RNA-based stable isotope probing. FEMS Microbiol Ecol 65: 125-132.

Qiu QF, Conrad R & Lu YH (2009) Cross-feeding of methane carbon among bacteria on rice roots revealed by DNA-stable isotope probing. Environ Microbiol Rep 1: 355-361.

Qiu QF, Noll M, Abraham WR, Lu YH & Conrad R (2008) Applying stable isotope probing of phospholipid fatty acids and rRNA in a Chinese rice field to study activity and composition of the methanotrophic bacterial communities in situ. ISME J 2: 602-614.

Radajewski S, Ineson P, Parekh NR & Murrell JC (2000) Stable-isotope probing as a tool in microbial ecology. Nature 403: 646-649.

Reeburgh WS (2003) Global methane biogeochemistry. In The atmosphere, Keeling RF, Holland HD & Turekian KK (eds.), pp. 65-89. Elsevier-Pergamon, Oxford.

Rui JP, Qiu QF & Lu YH (2011) Syntrophic acetate oxidation under thermophilic methanogenic condition in Chinese paddy field soil. FEMS Microbiol Ecol 77: 264-273.

Saito T, Ishii S, Otsuka S, Nishiyama M & Senoo K (2008) Identification of novel Betaproteobacteria in a succinate-assimilating population in denitrifying rice paddy soil by using stable isotope probing. Microbes Environ 23: 192-200.

Schink B (1997) Energetics of syntrophic cooperation in methanogenic degradation. Microbiology and Molecular Biology Reviews 61: 262-280.

Shrestha M, Shrestha P & Conrad R (2011) Bacterial and archaeal communities involved in the in situ degradation of 13C-labelled straw in the rice rhizosphere. Environ Microbiol Rep 3: 587-596.

Shrestha M, Abraham WR, Shrestha PM, Noll M & Conrad R (2008) Activity and composition of methanotrophic bacterial communities in planted rice soil studied by flux measurements, analyses of pmoA gene and stable isotope probing of phospholipid fatty acids. Environ Microbiol 10: 400-412.

Staddon PL (2004) Carbon isotopes in functional soil ecology. Trends Ecol Evol 19: 148-154.

Sugano A, Tsuchimoto H, Tun CC, Kimura M & Asakawa S (2005a) Succession of methanogenic archaea in rice straw incorporated into a Japanese rice field: estimation by PCR-DGGE and sequence analyses. Archaea 1: 391-397.

Sugano A, Tsuchimoto H, Tun CC, Asakawa S & Kimura M (2005b) Succession and phylogenetic profile of eubacterial communities in rice straw incorporated into a rice field: estimation by PCR-DGGE analysis. Soil Sci Plant Nutr 51: 51-60.

Sugano A, Tsuchimoto H, Tun CC, Asakawa S & Kimura M (2007) Succession and phylogenetic profile of eukaryotic communities in rice straw incorporated into a rice field: estimation by PCR-DGGE and sequence analyses. Soil Sci Plant Nutr 53: 585-594.

Tun CC & Kimura M (2000) Microscopic observation of the decomposition process of leaf blade of rice straw and colonizing microorganisms in a Japanese paddy field soil during the cultivation period of paddy rice. Soil Sci Plant Nutr 46: 127-137.

Watanabe A, Takeda T & Kimura M (1999) Evaluation of origins of CH4 carbon emitted from rice paddies. J Geophys Res-Atmos 104: 23623-23629.

Watanabe T, Lee CG, Murase J, Asakawa S & Kimura M (2011a) Carbon flow into ammonia-oxidizing bacteria and archaea during decomposition of C-13-labeled plant residues in soil. Soil Sci Plant Nutr 57: 775-785.

Watanabe T, Wang GH, Lee CG, Murase J, Asakawa S & Kimura M (2011b) Assimilation of glucose-derived carbon into methanogenic archaea in soil under unflooded condition. Appl Soil Ecol 48: 201-209.

Weber S, Stubner S & Conrad R (2001a) Bacterial populations colonizing and degrading rice straw in anoxic paddy soil. Appl Environ Microbiol 67: 1318-1327.

Weber S, Lueders T, Friedrich MW & Conrad R (2001b) Methanogenic populations involved in the degradation of rice straw in anoxic paddy soil. FEMS Microbiol Ecol 38: 11-20.

Wu WX, Liu W, Lu HH, Chen YX, Devare M & Thies J (2009) Use of 13C labeling to assess carbon partitioning in transgenic and nontransgenic (parental) rice and their rhizosphere soil microbial communities. FEMS Microbiol Ecol 67: 93-102.

Yao HY, Thornton B & Paterson E (2012) Incorporation of 13C-labelled rice rhizodeposition carbon into soil microbial communities under different water status. Soil Biol Biochem 53: 72-77.