＜研究の紹介＞

　

シアノバクテリアの低酸素環境適応　

　シアノバクテリアは、植物と同じO₂を発生する光合成（酸素発生型光合成oxygenic photosynthesis）によって生育します。シアノバクテリアは、光が利用可能であれば基本的にあらゆる場所で生育することができます。海洋、湖沼、河川、微生物マット、水田などの水域のみならず地表面など陸上でも生息しています。これらシアノバクテリアの生育環境をO₂レベルという観点で見るとたいへん多様です。例えば、湖沼の底や河川の泥などは普段でもO₂レベルがたいへん低い環境です。また、微生物マットではシアノバクテリアは比較的表層付近に生息し、昼間は自身の光合成によって高いO₂レベルの環境（時には過飽和に達する）となりますが、夜間は周囲の従属栄養性微生物の活発な呼吸（当然シアノバクテリア自身の呼吸も寄与します）によりO₂レベルはほぼゼロの嫌気的環境となります。また、日暮れや夜明け、雲が多い日中などの光合成活性が低いときには低酸素（微好気）環境におかれます。

クロロフィル生合成系におけるO₂依存型酵素

　テトラピロール色素は、生物にとってたいへん重要な化合物です。光合成にはクロロフィルが、呼吸にはヘムが必須です。また、生体の多くの反応がビタミンB₁₂を補酵素とする酵素によって触媒されます。シアノバクテリアの光合成をささえるクロロフィルの生合成系を見ると、反応にO₂を要求する酵素が少なくとも2段階存在することが分かります。一つはコプロポルフィリノーゲンIII酸化酵素（CPO）、もう一つは5番目の環構造を形成するMg-プロトポルフィリンIXモノメチルエステル（MPE）シクラーゼです（クロロフィルaの13位のオキソ基のO原子はO₂分子に由来します。）。また、シアノバクテリア特有のフィコビリン色素は、ヘムをO₂依存的に開裂するヘムオキシゲナーゼ（HO）によって作られています。これらのO₂依存性の反応が含まれるクロロフィルやヘムの生合成系は、嫌気環境や低酸素環境ではどのように作動しているのでしょう？

クロロフィル生合成系における低酸素適応機構

　シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803を材料とした私たちの研究により、シアノバクテリアのクロロフィル生合成系が低酸素環境での作動を支えている2つのメカニズムが分かってきました。

（１）O₂依存型反応は低酸素型酵素によってバイパスされる

　シアノバクテリアのクロロフィルとフィコビリン色素の生合成系における３つのO₂依存型反応には低酸素型酵素が併存していることが分かりました。CPO反応には、O₂依存的な反応を触媒するHemFという酵素に加えて、低酸素環境下ではO₂を使わないで反応を触媒するHemNという酵素が駆動する。MPEシクラーゼ反応では好気的環境ではChlA_Iが使われるが、低酸素環境では低酸素型のアイソフォームChlA_IIがChlA_Iを補助する。同様に、HO反応でも好気的環境ではHO1が使われるが、低酸素環境では低酸素型アイソフォームHO2がHO1を補助する。という二つの酵素の併存によりO₂依存型反応をうまくバイパスしていることが分かってきました。これらに加えて、O₂はニトロゲナーゼ類似酵素DPORを不活性化するという作用をもつため、好気環境ではこの負の作用をバイパスするためにO₂耐性の酵素LPORが使われることも、多様なO₂レベルに対する適応機構の一つとなっています。これらをまとめると以下の表1のようになります。

表１　シアノバクテリアのテトラピロール生合成系における併存酵素の作用モード（Aoki et al. 2011）

クラス	サブクラス	特徴	反応	酵素名（O2依存型/O2非依存型）	文献
I. O2感受性酵素とO2耐性酵素	Ia	O2耐性酵素がO2要求性	コプロポルフィリノーゲンIII酸化	HemF/HemN	Goto et al. 2010
	Ib	O2耐性酵素がO2非要求性	プロトクロロフィリド還元	DPOR/LPOR	Yamazaki et al. 2006
II. O2依存型アイソフォーム			E環形成（MPEシクラーゼ）	ChlAI/ChlAII	Minamizaki et al. 2008
			ヘム開裂	HO1/HO2	Aoki et al. 2011

（２）低酸素型酵素を低酸素条件下で誘導する転写調節

　上記の低酸素型酵素群はDPORを除いてすべて低酸素環境下で初めて誘導発現され、好気的環境下での発現レベルは極めて低く抑制されています。このような低酸素誘導機構はどのようなメカニズムによって成立しているのでしょうか。最近、私たちはこの低酸素誘導を制御している新しい転写制御蛋白質ChlRを発見しました (Aoki et al. 2012)。ChlRは好気条件下では不活性型として存在していますが、低酸素環境に曝されると何らかの構造変化が引き起こされ特定のDNA配列（低酸素で誘導される遺伝子の上流配列）に結合し、RNAポリメラーゼによる転写を活性化します。このメカニズムにより、低酸素型酵素群の発現が転写レベルで制御されているのです。ChlRは低酸素を感知するセンサータンパク質としてもはたらくユニークな転写活性化タンパク質です。

（３）chlR欠損株を利用した“酸素依存型”緑化

　chlR遺伝子が欠損した変異株∆chlRは、低酸素条件ではクロロフィルの生合成が滞り光合成的生育が著しく抑制され、クロロフィル不足を示す青い色を呈する細胞となります。しかし、この細胞を好気条件に移すと、徐々に緑化が進行し、3日後には野生型と同じ程度にクロロフィル含量が回復し緑色に戻ります。この“酸素依存型緑化 (O₂-induced greening)は、この変異株を利用することで初めて観測されためずらしい現象です (Aoki et al. 2013)。暗所で黄化した被子植物芽生えが明所で緑化する光依存型緑化とは異なる、光化学系構築機構を研究するための新たな系となることが期待されます。