当研究室の目指すところ
 当研究室では、国際水準の天然物合成とその関連研究を通し、どんな有機化合物でも自ら立案し試行錯誤を重ねて合成できる、あるいは取り扱うことができるタフな研究者の育成を目指している。
 天然物合成には、有機化学の総合力が必要である。有機化学の基礎である反応機構や分子軌道理論の理解はもちろん、有機合成反応の豊富な知識が必要であることは言うまでもない。生成物の構造確認や予想を越えた副生成物の構造解析のためにも機器分析の力も欠かせない。また、合成中間体の構造確認や配座解析などのために化学計算が必要なことも多い。構造の複雑な天然物合成は多段階を要するため、反応のスケールアップが必要不可欠で、プロセス化学的なセンスが要求される。同じ反応でも 100mg スケールの反応と、数十グラムスケールでは、全く様相を異にする。反応ごとに大量合成に適した条件の選択、後処理・精製法を設定していかなければならない。天然物を合成するためには有機化学の総合力が必要な所以である。しかし、天然物合成を達成するためには、これだけでは不十分である。
 天然物合成を始めるに当たってよほど良く練り上げられた合成計画でも、実際に実験を始めるとまもなく暗礁に乗り上げることは珍しくない。これほど有機合成化学が進歩した今日でも、多官能性天然物の合成では教科書的な反応さえ満足に進まないことは日常茶飯事である。一見華々しく見える天然物の全合成の現場は常に混沌としている。これは、官能基化された合成中間体の反応性を事前に的確に把握できない事によるが、この予測には参考書や論文はもちろん、網羅型のデータベースSciFinderもほとんど無力である。そんな時でも、立ち止まらず、とにかく試行錯誤を重ねて自ら解決策を探し出さなければ、決して全合成に至ることはない。重要なことは、自ら行った実験で得られた結果を基にして解決策を考えることである。実験者による反応の注意深い観察は、ブレイクスルーのきっかけとなる事が多い。反応の注意深い観察とそれにもとずく考察、試行錯誤の繰り返しが、望みの変換反応に確実に近づく鍵である。
 このように、多官能性天然物の合成では、日常的に否が応でも一般的な解法がない課題に直面している。しかし、果敢に取り組めば、必ずや有機合成の真の実力がつくと考えている。天然物合成を通した人材育成は、「ものづくり立国」を目指す日本の重要な基盤になるに違いない。 (文責 西川俊夫)